映画『トニー滝谷』 珠玉の短編小説のような映画(ネタバレ感想文 )
2005年のマイ・ナンバー1映画。3度目の鑑賞。
最初は2006年にケーブルテレビにて。
「どうして映画館で観なかったんだ!」と地団太を踏んで、2009年にシネマアンジェリカという今は無き渋谷の映画館で鑑賞。
今回、それ以来13年半ぶり。新しく出来た新宿歌舞伎町タワーの9、10階の109シネマズプレミアムで鑑賞。
この映画館、故坂本龍一が音響監修したそうで、映画館オープニングと追悼を兼ねた坂本龍一関連映画の上映企画の一本として上映されたんです(坂本龍一が音楽を担当している)。
でもね、この映画館、いくらすると思う?
4,500円!夫婦で観るから9,000円!高けぇよ。
悩んだ挙句、「『トニー滝谷』ならそれだけの価値がある」と判断して、夫婦で9,000円払いました。
結果、よかったですよ。
劇中、宮沢りえが買い漁る高級ブランド服に相応しいラグジュアリー感ある映画館でした。
35mmフィルム上映だったのですが、フィルム状態も良かった。
ただ、『つぐみ』(1990年)の時も書いたけど、市川準作品は全部リマスターして永久保存していただきたい。
以上、余談でしたが、もう少し余談が続きます。
2006年に観た本作と、文学者・石原千秋の『謎とき 村上春樹』を読んだことが、私をハルキストにしたのです。
2009年の再鑑賞時には完全にハルキ脳になっていました。
それから十余年を経て、成熟したハルキ脳になった今日再鑑賞すると、実にハルキなんですよ。
村上春樹原作映画で一番いい。
私は『ドライブ・マイ・カー』(2021年)は納得してないからね。
あ、この映画の語りは西島秀俊だ。西島秀俊は村上春樹とダイワマンが似合うんだな。いや、ダイワマンは唐沢寿明の方が似合ったな。
それはさておき、成熟したハルキ脳で見ると、『新しい靴を買わなくちゃ』(12年)ならぬ「新しい洋服を買わなくちゃ」という宮沢りえの渇望は、『パン屋再襲撃』の空腹と重なるように思います。
そして、「彼女の影」と称される衣裳部屋に残された大量の洋服は、『1973年のピンボール』のピンボール台と重なるように思えるのです。
これは、ページをめくるように、人生の断片を切り取っていく映画です。
とてつもなく文学的な映画。
市川準自身、メッセージを打ち出したりインパクトを与えたりすることではなく、「何気ない拍子にふと思い出すような映画」を目指したようなことを言っていました。正確には覚えていませんが、だいたいそんなところです。今、ふと思い出した。
そして映画は見事にその狙い通りになり、偶然か意図的か、それはそのまま「何気ない拍子にふと思い出す」主人公の心情と重なるのです。
実に繊細で、緻密な映画です。
でも、室内に風が吹くんですよね。
(丘の上にオープンセットを組んで撮影したそうだ)
トニー滝谷が描く絵のように緻密に計算された映画でありながら、風で髪が揺れるという不確実な要素が紛れ込む。
トニー滝谷の人生に吹き込んだ一陣の風が、宮沢りえなのですよ。
地味だけど素晴らしくよく出来た映画です。
ひっそりと路傍に咲く一輪の花のような映画。
珠玉の短編小説のような映画。
(2023.04.23 109シネマズプレミアム新宿にて再鑑賞 ★★★★★)