映画『オフィサー・アンド・スパイ』 (ネタバレ感想文 )ザ・ポランスキー映画。フランスだからル・ポランスキー映画。
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この「逆転裁判」みたいな日本の予告編だけで「絶対観ない系映画」と勝手に決めつけていたら、ポランスキーだっつーじゃないですか。
ちなみに本国フランスの予告編。
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日本の予告編ではポランスキーのポの字も言わなければ、
「『戦場のピアニスト』(2002年)の監督」のピの字も言わない。
なんかもう今時のご時世柄「ロマン・ポランスキー」って言っちゃいけない雰囲気なのか、なんなら放送禁止用語なのかってくらい、ポランスキーって名前を出さない宣伝だったように思うんです。
そのくせ「歴史を変えた逆転劇」などという「逆転裁判か!」「カプコンかよ!」みたいなキャッチコピーつけてるけど、この映画のポイント、そこじゃないからね。逆転劇でもないし。
この映画のポイントは「ポランスキーの映画」ってことなんです。
ロマン・ポランスキーがどういう人かって言うと、えーっとね、タランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)のディカプリオの隣人。
あ、『チャイナタウン』(1974年)で同じこと書いてた。
面倒だから、ポランスキーがどういう経歴なのか興味ある方は各自調べてください。Wikipediaに丸投げ。その方が何故「放送禁止用語」なのかも分かるし。
あれ?以前見た時よりWikipediaに書かれてる悪行が増えた気がする……?
ポイントはポランスキー自身がユダヤ系だってこと。ポイントのポ。
原題の「J'accuse」は、映画本編中の日本語訳で言うところの「私は告発する」という意味だと思うんです。
(ちなみに、私の映画感想仲間で私と違って知性溢れる知人は、きっちり100年前の映画のアベル・ガンス『戦争と平和』(1919年)と同じ原題だと指摘していました。)
つまりこの映画、ユダヤルーツのポランスキーが、『戦場のピアニスト』と並ぶ時代劇で「ユダヤ人迫害の歴史」を「告発する」作品なのです。
実際私も、ユダヤ人迫害をナチスドイツあるいはヒトラーに「矮小化」していた気がします。
19世紀末のフランスで、これほど国民感情がユダヤ嫌いだったとは知りませんでした。
今日のヨーロッパ、いや世界は、保守化・右傾化し、他民族を排除しようとする傾向があります。ポランスキーが「今」(実際には3年前)この作品を企画した意図は「私は告発し警告する」という所にあったのかもしれません。
もう少し、ポランスキーらしいザ・ポランスキー映画、いや、フランスだからル・ポランスキー映画について書きます。あ、この定冠詞ネタは、タランティーノ『パルプ・フィクション』(1994年)の「ビッグマック」のクダリね。
ポランスキー映画の主人公って、自分がいるべきでない場所=異世界に放り込まれて、逃げ回ったりジタバタしたりするんです。
どの作品でもたいがいそう。
幼少期にユダヤ狩りから逃げ回った体験が影響していると言われますし、
ナチスに追われるフランス生まれのユダヤ系ポーランド人という出自も影響していると思います。
つまり彼は「異邦人」なのです。
『ローズマリーの赤ちゃん』(68年)で、『チャイナタウン』(74年)で、『フランティック』(88年)で、そして『戦場のピアニスト』(2002年)で、
異邦人ポランスキーが描く主人公たちは、常に「よそ者」で「孤独」で「無力」で「彷徨う」ことしかできないのです。
この映画も基本は同じです。
「歴史を変えた逆転劇」「逆転裁判」といった「スカッとジャパン」みたいなことを想起させる予告は大ウソで、真実を追求したがために孤立し「よそ者」に追いやられていくのです。
それを象徴するように、スクリーンいっぱいに軍隊を配列して固定カメラが静かにパンする映画らしい画面から始まりますが、主人公が「よそ者」になり始めると一転して手持ちカメラで不安定な画面になります。
そうなんだよな。ポランスキー映画の主人公って、いつも「不安」なんだよ。
だからザ、いや、ル・ポランスキー映画。
(2022.06.12 TOHOシネマズシャンテにて鑑賞 ★★★★☆)