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映画『トキワ荘の青春』時の流れを痛感(ネタバレ感想文)

デジタルリマスター版で再鑑賞。1996年の公開当時に観て以来だから25年ぶり。約20本の映画を遺し2008年に59歳で他界した市川準監督、48歳頃の作品。市川準はもっともっと評価されていい名匠だと思うんですけどね。

主演は本木雅弘ことモッくん(<逆だ)。
他の出演は、今でこそ生瀬だ古田新太だ阿部サダヲだと思うけど、当時は無名。桃井かおりや時任三郎は別として、漫画家仲間で一番有名な出演者は柳ユーレイだったんじゃなかろうか?それもトキワ荘の住人じゃないし。きたろうは当時どうだったかな?

要するに、駆け出しの漫画家を駆け出しの役者に演じさせたわけです。
まず役者たちに時の流れを感じずにいられません。

ついでに言えば、若き日の己の愚かさにも時の流れを感じています。
96年当時、私はまだ映画コメント(感想文)を書き残していなかったものの評点だけは付けていて、なんとこの映画には★2の低評価を下していました。分かってねーなアラサーの俺。やっぱり地味ではあるけど。

映画はしばしば(おそらく冒頭2カット目から)トキワ荘の廊下を写します。共同住宅を端的に表現していると同時に、ある種特別な異空間にも見えます。
実際、市川準が何かのインタビューで「小宇宙」と称していたようですが、ここは特殊空間だったのです。名だたる漫画家を輩出した特殊空間。世の中を変えるマンガを生み出した小宇宙。
映画は雨や風(の音)が多い印象ですが、そんな戸外の状況からも隔絶された空間に感じられます。

時代設定は1956年(昭和31年)頃。敗戦後約10年。「もはや戦後ではない」と経済白書が宣言した時代。
何度も挿入されるセピア色の風俗写真は、ノスタルジーのためではなく、復興から成長へと転じる時代を切り取りたかったのでしょう。
その「時代の切り取り」の一つがこのトキワ荘。
この映画自体のテーマが「時の流れ」だったのです。
そういえば、市川準は『会社物語』(88年)でも「今の日本は俺たちが作ったんだ!」と植木等に言わせていましたな。

「冒頭2カット目が廊下」と前述しましたが、むしろ私が興味深く観たのはファーストカットです。普通、2カット目の「トキワ荘の廊下(=小宇宙)」がファーストカットだと思うんですよ。でも市川準が最初に映したのは「布団を畳むモッくん」

その意図を考えるに、まず「モッくん=寺田ヒロオが主人公ですよ」宣言。
つまりこの映画の主役は、トキワ荘でも若き日の有名漫画家(のエピソード)でもない。
正直、私は寺田ヒロオなる漫画家を知らないのですが、トキワ荘の兄貴格だったそうですし、やがて時代に取り残されていったのも事実のようです。

また、布団を畳む姿で、後々台詞でも「真面目なんだよなあ」と称される彼の几帳面な性格を表現しています。

我々観客はこの手の話に対して、著名人の「若き日の苦労話」や「成長譚」を求めがちですが、そうではないことをこのファーストショットは表現していたのです。主人公は真面目すぎて時代から取り残される男。言い換えれば、トキワ荘「光と影」の「影」

さらに言うと、このファーストショットで布団を畳みますが、後にモッくんは廊下を掃除します。料理も作りますし、ちゃんと食卓で食事をします。
売れっ子になった他の漫画家達は殺人的なスケジュールの中、万年床で仮眠をとり、描きながら飯を食う。
実はこのトキワ荘の中で、モッくんだけが人間らしい「生活」をしていることに気付きます。

さて、これを踏まえた上で、この映画の時代背景に立ち戻ってみましょう。

敗戦後約10年を経て、復興から成長へ向かう「もはや戦後ではない」時代。
そう、植木等が言う「俺たちが日本を作った」高度経済成長期へ向かう時代です。人々は、寝食を忘れ、人間らしい「生活」を忘れて、成功(成長)へ立ち向かいます。
売れっ子漫画家達はその象徴です。

一方、この映画が作られたのは96年。バブル景気崩壊直後です。
誰もが成功(成長)を夢見て、本来あるべき人間らしい「生活」を忘れた狂乱の夢の後。
光と影の「影」の時代に差し掛かった時期。映画では、成功(成長)の波に乗れず、転向したり筆を折ったりする者も描かれます。

唯一、人間らしい生活を送っていたモッくんは言います。「僕(の漫画)は古いんですよ」

市川準はこの映画で「時の流れ」をテーマに据え、40年前の青春群像の中に(当時の)リアルを内包させていたような気がします。

余談
漫画家ではなく落語家の話ですが、森田芳光『の・ようなもの』(81年)は先輩の真打昇進で映画が終わります。要するに、いつか自分も同じように成功(成長)できるかなあ、できるんだろうなあ、という余韻で終わるのです。
81年(昭和56年)当時、高度経済成長後、バブル景気前という谷間でしたが、日本全体が緩やかな右肩上がりの安定成長期でした。だから「いつか自分も成功(成長)できる」と誰もが信じられる時代だったのです。

時は昭和から平成へ流れ、バブル崩壊後の本作では「挫折する者」も同時に描かれるようになった。誰もが成功できる時代ではなくなったのです。

さらに時は流れ、同じ漫画家映画でも『バクマン。』(2015年)ともなるとだいぶ様相が変化します。「信じれば夢は叶う」。
これをどう捉えるかですが、私は好きですよ(ちなみにこの年のマイナンバー1邦画)。
失われた20年だか30年だか、右肩上がりの成功(成長)を知らず、目標とすべき大人が存在しない今時の若者には、これくらいキッチリした「成功譚」を見せてやる必要があると思ったんですよね。

(2021.02.17 テアトル新宿にて鑑賞 ★★★★☆)

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監督:市川準/1996年 日(デジタルリマスター版公開2021年2月12日)

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