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オンボーディングはどうあるべきか

最近話題になることが増え、HR Tech領域での関連サービスも多く見られるようになってきたオンボーディング。

しかし株式会社ワークサイドが実施した各社へのアンケートによると、34社中22社、割合にして約65%の会社が「体系的なオンボーディングプログラムを構築できていない」と回答しました。

何となくオンボーディングって大事だという認識は広がっているものの、何をすべきかについては具体的なイメージを描けずにいる組織が多いと言えるでしょう。コロナ対策でリモートワークを導入し、新入社員と直接会いづらい環境下でオンボーディングをどうしたらいいか悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。

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いいオンボーディングとは何か?

 "Onboarding" は「新人研修」「オリエンテーション」などと訳されますが、その目的として語られることが多いのは新入社員の戦力化と定着です。「いいオンボーディングとは何か?」という質問に対する一般的な回答は「入社者が早期に戦力化し、確実に定着する状態がつくれること」と考えてよいでしょう。

「体系的なオンボーディングプログラムを構築できていない」と回答した企業でも、そのほぼ全てが新人研修を行っています。このことから「ただの研修ではオンボーディングとは呼べない」「研修とオンボーディングの違いがわからない」という認識を持つ組織が多いと推測されます。

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その理想状態について世の中に広く合意された定義はまだない気がしますが、オンボーディングは大きく
・業務トレーニング: 戦力化のための施策
・エンゲージ: 定着のための施策

…の2つがバランスよく機能している状態が良い状態であると私は考えます。

戦力化 / 業務トレーニング

戦力化とは新入社員に必要な知識・情報・経験を提供し、パフォーマンスを発揮できる状態に導くことであると考えます。求められる状態や水準は会社や業務内容によりますが、業務トレーニングがその主な施策になるでしょう。

これに関して「プログラムがない」とか「やり方がわからない」という組織はほとんどありません。集合研修やOJTなどによるインプットは各社実施しているところでしょうし、マニュアルや研修課題を磨き上げて自社の強みとしている会社も少なくないと思います。

業務トレーニングについてよく挙げられる問題には「トレーナーによる育成品質のバラつき」があり、部門や個人によって育成の速度や効率が異なることはしばしば問題視されます。要因はいろいろで、教える側の業務知識や育成力不足の問題もあるでしょうし、キャラクター面の相性もひとつの要素です。

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また、受講者や現場からのフィードバックが行われずに研修が一方通行になってしまう状態もよく聞かれます。あまり効果のないプログラムが惰性で継続されていることで育成効率が上がらなかったり、入社者が意義を感じられない研修を強制されて違和感を感じることもあります。

入社者の戦力化の遅れについてはしばしば業績や生産性などの短期目線で語られますが、思うように成果が出ないことから来る入社者のモチベーション低下も中長期目線では無視できない問題です。

定着 / エンゲージ

定着において目指すべきは、従業員が組織に愛着を持った上で留まる状態です。単に滞在期間を延ばすことよりも、組織に居続けるポジティブな動機を提供することを重視すべきでしょう。

新入社員がうまく定着できなかった場合に起こる代表的な問題は早期離職です。正に早期離職に悩んでいるために「オンボーディング何とかしなきゃ…」と考えている組織も多いと思います。

定着と関連があると思われる要素のひとつに従業員エンゲージメントがありますが、オンボーディングにその視点を織り込んでいる組織は多くありません。「研修はやっているけど体系的なオンボーディングを持てているとは言えない」と感じている組織は、業務トレーニングはがんばっているけどエンゲージの施策については自信がない状況にあるのではないでしょうか。

戦力化と定着を別個のもののように記載しましたが、両者は完全には切り離せません。自分が戦力になっていると感じられるかどうかもエンゲージメント形成の要素であり、当然定着にも影響するでしょう。

エンゲージメントは低下していくもの

アトラエ社の2020年5月27日のプレスリリースでは新入社員のエンゲージメントスコアは入社後に一度上昇した後はほぼ上がることなく下がり続けるという分析結果が発表されています。

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また、同調査においてサンプルの分類・類型化の結果、特定のタイミングでスコアが大幅に低下する現象が多くのグループで見られています。エンゲージメントは何かのキッカケで急激に下がる傾向があるようです。

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(グループ0~7のうち多くでエンゲージメントの急速な低下が見られる)

オンボーディングの分断

オンボーディングの関係者は多くの場合、複数の部門や階層にまたがります。

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関わる人が多いために「これは役員、これは人事、これは総務、これは現場…」と分業になりがち。

その結果、
・配属後、入社者がどうなったのか全くわからない
・人事と現場のプログラムに一貫性がない
・入社時はモチベーション高かった人がいつの間にか辞める
・悩みやモヤモヤをリアルタイムでキャッチできない
…などの問題が発生していると考えられます。

「入社者の戦力化と定着」という目的は共通のはずなのに、いつの間にか部分最適になってしまうのです。従業員数が多い会社では組織もより細分化され、難易度はさらに上がるでしょう。扱う内容が違うので役割分担は必要ですが、本来あるべき姿はその時々で関与度に差はあれど、ひとりの入社者をいろんな仲間が輪のように取り囲み、常に協力して支えていくことではないでしょうか。

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オンボーディングは受け入れ側の概念でしかない

上記のような分断が起きる一因として、枠組みありきでオンボーディングが設計されているということが考えられます。しかし分業自体は体験の分断を引き起こす根本的な要因ではないと私は思います。

受け入れ側が重視するのはどんなコンテンツをどんなタイミングで提供するかの視点です。属人性を排して効率的にインプットを行う考え方は否定されるべきものではありませんが、コンテンツ提供を単なるタスクとして遂行する状態になると入社者の体験がないがしろにされてしまいます。

一方、入社者にとっては早く仕事を覚えて成果を出すことや上司や同僚と良い関係を築いて組織に馴染むことが重要で、その手段が何であるかはあまり気にしません。オンボーディングは受け入れ側の視点に立った概念であると表現できそうです。

組織への定着、エンゲージメントのことを考えると重要なのは入社者の体験です。この観点でオンボーディングのデザインはコンテンツありきではなく、入社者の体験が起点となるべきです。

根底にあるのは人と人との関係なのでは?

全員共通のプログラムだけでスキルや経験の異なる全ての入社者ニーズをカバーするのはおそらく不可能です。コンテンツを磨き上げてプログラムの質を高めることは重要かつ効果的ですが、最終的にオンボーディングにおける共通プログラムは最大公約数にしかならないのです

では何に注力すべきか。私はそれを人間関係と考えています。

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メンバーにとって好ましくない問題が発生しても、エンゲージメントはその瞬間に低下するわけではありません。エンゲージメントは問題発生の瞬間ではなく、それに対する周りの人たちの対応を見て「この問題は今後も改善しない」と悟ったり、自らの努力で解決する気力が失われたときに下がるのだと思います。

「職場における最大のストレス源は人間関係」と言われたりしますが、これは体験の良し悪しに対して人間関係の影響が大きいことの裏返し。何か問題が起きても周りのサポートが良ければエンゲージメントはむしろ高まる可能性もあるのです。

私はグッドパッチでオンボーディング施策のひとつとして入社して1ヶ月・3ヶ月・6ヶ月のタイミングで全員と1on1をする1・3・6インタビューを実施しています。2020年9月までに約200件のインタビューを行ってきましたが、上記はその経験の中で実感したことです。

入社者が早くから良好な人間関係を築けていれば気になることを気軽に相談することができ、エンゲージメントが下がる事態に発展する前に何とかするチャンスが増えます。一方、人間関係が良くないと独りで悶々とするしかないために周りが悩みに気付けなかったり、その人間関係自体がエンゲージメントを下げる場合もあります。

もちろん本人の社交性による部分も大きいですが、少なくとも組織は新しい仲間が良好な人間関係を築き、それが続いていくよう最大限サポートするべきだと思います。

オンボーディングに終わりはない

組織も人も常に変化するので、業務トレーニングにせよエンゲージにせよ継続的に努力しなければなりません。「新入社員向け」であるはずのオンボーディングですが、どこかで終わりにしていいものではないのです。

正確に表現すればオンボーディングとリテンションを分断なく繋いでいかなければならないということになるでしょうか。

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オンボーディングは入社してから半年、1年といった短期の目線ではなく、退職するまでずっと続くリテンションまで見据えてデザインされるべきだと思います。

良好な人間関係を築くためにすべきこと

人間関係づくりに正解はなく、組織の規模やカルチャー、ビジネスモデルなどによって取るべき行動も様々だと思います。「組織による」と言ってしまえばそれまでですが、私の思うところを記載します。

■初期の人間関係構築のサポート

新卒入社の場合は同期という超強力なつながりができますが、中途の入社者は同じ時期に入社する人が少なかったり、年齢やポジションが違ったりして気軽に話せる仲間をつくるのが難しい場合もあります。

最近ではコロナの影響に伴ってコミュニケーションがオンライン化したことで雑談がしづらいという声がよく聞かれますが、入社者が組織に馴染むまでに通常より時間がかかる傾向があります。

初期の人間関係づくりを会社がどうサポートすべきか。ポイントは話題と接点の提供だと思います。

まずは「話題」。仕事の話だけでなく、趣味や好きな食べ物などカジュアルなネタも活用してリラックスしながら会話する機会も提供することが大切だと思います。

グッドパッチでは新しい仲間に配属予定の部門のメンバーからウェルカムメッセージを贈っていますが、これはなかなか好評です。最近では、9月に正式版をリリースしたオンラインコラボレーションツール Strap を活用し、趣向を凝らしたカードがつくられています。

リモート入社した2020新卒のメンバーたちにも、Strapを使ってウェルカムボードを用意しました。

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また、新しく入社したメンバーは社内のナレッジ共有サイトに自己紹介を載せることになっているのですが、ここには出身地や趣味などの情報もたくさん書かれています。入社者を迎え入れる側のメンバーがなるべく自己開示してカジュアルな話題も提供していくと、入社者にとっては温かく受け入れてもらえた喜びだけでなく、話しかけるキッカケという実用性も併せ持ったメッセージになると思います。

「接点」に関しては
・勤務中にやる ⇔ 勤務時間外にやる
・必須参加 ⇔ 自由参加
・自部門のみ ⇔ 他部門含む
…など組織の規模や文化によって最適な設計は異なると思いますが、ポイントはそれぞれの個性に合わせた体験提供ができるよう、いくつかの種類を用意することです。

グッドパッチではいくつかのイベントを組み合わせることでいろいろな個性に対応できる体験デザインを目標としています。入社初日に配属先のメンバーとのランチを設定したり、全社ミーティングに新メンバー紹介コーナーを設けたり、毎月1回業務時間中に全社の交流イベントを実施したり、マジメなものから気軽なものまでラインナップを少しずつ拡大しています。

最近はデザイナーが中心になって "Welcome meet up" という取り組みが始まりました。入社前のメンバーに「どんな人と話してみたいか」を聞いて、要望に近い属性の既存メンバーと30-60分程度オンラインでカジュアルに話す機会を提供するというものです。

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私も1度ご指名いただいたのですが、社内のカルチャー、働き方、配属予定の部門の人たちの人物像など、気になることや不安なことについて気軽に質問してもらい、情報を提供できるメリットを実感しました。60分あれば住んでいる街の話や好きなお酒の話などについても話す時間が取れてお互いのキャラクターも理解できます。入社初日に顔を合わせたときには「おお、久しぶり!」なんて挨拶が自然に交わせるようになります。

■一貫した体験を提供していくチーム意識の醸成

オンボーディングに関わる複数の人が連携を意識しないと、たちまちオンボーディングの分断が発生してしまいます。入社者に一貫性のある体験を提供するためには、受け入れ側も目的を共有するチームとしての認識を持った方がよいでしょう。

まずはどのように分業体制を敷き、お互いが何の役割を担っているのかをクリアにすることでフィードバックを機能させることが重要です。「入社者の戦力化と定着」というゴールは共通なので、フィードバックの交換自体は難しくないでしょう。

もうひとつ大事なのは、気になる点があるメンバーに対しては本人のアラートを待たずに周囲が積極的に支援する雰囲気を作ることです。

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入社者のサポート役の筆頭は直属の上司ということになると思いますが「こんなショボいことで不満を言ったらダメなヤツだと思われちゃうかも…」という評価者ならではの距離感もあり、ちょっとしたモヤモヤに関しては常に上司が最良の相談相手とは限りません。

いちいち担当など決めなくても、新しい仲間が悩んでいたり困っているならそのとき近くにいる人が助けてあげればよいのです。

■入社者のコンディションを把握するしくみづくり

誰もが気になったことを気軽に相談してくれればよいのですがそれが苦手な人もいますし、ネガティブな物言いを意図的に控える人もいます。

また入社したばかりの人は何かマイナスの体験をしても「これは組織の問題と言えるものなのか、それともたまたま起きたことなのか、まだ日が浅くて判断できない」という理由で、すぐには相談せずに一旦寝かせておく傾向があります。

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気になることを相談するという行為はいろいろな理由で先延ばしになりがちですが、早期に行動を起こせればモヤモヤが膨らむ前に問題を解決できます。何らかの形で新しい仲間が今何を感じているのかを言語化・可視化できるれば周りのサポートの初速が格段に高まるでしょう。

グッドパッチでは新しく入社してくれたメンバーに以下のようなアンケートに協力してもらっています。

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例えばこのような回答があった場合、その人が自分のパフォーマンスと同僚との関係に悩んでいることが明確です。現在はマネジャー職のメンバーだけがこのアンケートにアクセスできるようになっていますが、仮に普段近くにいる人がこのデータを目にしたら「ちょっと声をかけてみようかな」という気持ちが自然に湧いてくるはずです。

アンケートは比較的手軽に実行できる方法ですが、対面でのインタビューも有効です。アンケートに比べて時間がかかり、インタビュー技術も必要となりますが、問題発生の背景や相手の気持ちをより深く理解できるメリットがあります。

まとめ

ひとりの人間である入社者の日々の変化に目を向け、その人に合わせたサポートを提供する上で、画一的なプログラムが担うことのできる範囲には限界があります。

自分たちの志に共感してくれた新しい仲間が早期にパフォーマンスを発揮して「この会社に入ってよかった。ここで長く働き続けたい。」と思ってもらうためには入社者に良好な人間関係を提供し、受け入れ側が一丸となって優れた体験を提供しようとするカルチャーを作ることが大切なのではないかと思います。

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