ニコゴリ
なぜか思春期くらいから「煮コゴリ」という言葉が好きだ。好きだというか、頭から離れない。元々は大江健三郎「万延元年のフットボール」の一節に登場したと記憶している。今すぐ出典にあたれないのだが、確か頭の中が煮コゴリのようになっていて(うまく思い出せない)というような用法だったと思う。そのあと、今度は大学時代にうさんくさいミュージシャンとその横で薄ら笑いを浮かべている汚い青年といつも一緒にいたとき(そうだったのだ)、確かうさんくさいミュージシャンに激しく詰められて答えに窮しているとき、汚い青年のほうが「いま、彼(わたし)の頭の中は、多分煮コゴリです。」と説明していた記憶がある。共通点として、ほんらい煮物の脂が固まっている状態を表す煮コゴリという言葉を、頭脳の混乱状態を説明するのに応用しているというところがあげられる。完全な個体ではないけど、流動的でもない、本来融通がきくべきところ、きかない。そんなものを、ネガティブに説明するための、うってつけのワード、それが煮コゴリだ。