はじめての指導対局〜アラフィフ観る将編〜
はじめに
この1ヶ月の間に、私が将棋ファンになってからずっと避け(逃げ)続けてきたプロの先生による指導対局で、立て続けに教わる機会に恵まれた。
なぜ、棋力が上がったわけでもないのに今になってやってみようと思ったのか。気持ちが変わったきっかけが2つある。
2024年9月9日に帝国ホテルで行われた日本将棋連盟100周年を祝う会での事だった。
開演を待つ間、ロビーには棋士・女流棋士の先生が大勢おられ、あちこちでファンと談笑されていた。
私はその中で「夢破れ、夢破れ、夢叶う」のご著者に大変感動した小山怜央四段の姿を見つけた。
ご本を読ませて頂き、小山先生の諦めない姿に勇気をもらった事を勝手ながら熱弁したところ、本当に嫌な顔一つせずに応対くださり、むしろ「私なんかより他の先生方のところへ」と非常に謙虚な仰りようだった。
東日本大震災で被災され、困難な状況にも負けずに真っ直ぐに将棋と向き合い続けた先生は、その心根の美しさに涙が出そうなくらい素敵なかただった。
会話の途中、何かのきっかけで指導対局の話になり、勉強不足な自分に先生方の貴重なお時間を使わせては申し訳ないので、と私が言うと、そんなの全然気にしないでください、初心者でも駒落ちで受けて頂けます、すごく楽しいですよと優しく仰ってくださった。
じゃあ、いつか必ず先生の指導対局へ教わりに行きます!とお返事した。
それからしばらくして、11月9日・10日に行われる将棋の日in渋谷の告知があり、指導対局の参加棋士に小山怜央先生の名前を見つけた。
あの時の私との約束を先生は覚えておられるだろうか。悩んだものの、先生の笑顔が思い出され、勇気を出して申し込んでみることにした。
もう一つのきっかけは、10月6日に名古屋・栄のイベントで豊島将之九段の指導対局を見学させて頂いた事だ。
自分にとっては宇宙人レベルで何を仰っておられるのかわからない将棋の内容を、豊島先生と同じ目線で会話し、楽しんでおられる方々に憧れた。
豊島先生は私にとって、遠く高く、厚い雲に覆われて麓からはまるで頂上が見えない山のてっぺんにおられるかただ。
登山で言えば高地トレーニングをしっかりと積まなければ、迂闊に対峙すると酸素濃度の違いで一瞬で失神してしまう。
指導対局を受けている皆さんは、しっかりと鍛錬を積んでおられるからこそ同じ山に登れるし、同じ高度にも耐えられる。
私も今すぐには無理でも、いつかそこを目指せるようになりたいと願い、はじめの一歩を踏み出してみようと決心したのだ。
公開指導対局は野戦場(高難度)
将棋の指導対局には、オンラインでのマンツーマンから、指導棋士がおられる将棋教室でのグループ受講など時間・場所・難易度も様々な種類がある。
その中でも最難関だと言えるのが、「オーディエンスが見ている前での指導対局」だろう。
私は姫路の人間将棋の後で行われた指導対局に当選したものの、緊張しすぎて失着を連発し、早々に投了したので他の参加者のかたが指される様子を拝見していた。
数十人が取り囲むように盤側に群がっている。指しているご本人は盤上没我で気にしないというかたもおられるだろうが、見られているプレッシャーでいつもの力が発揮できないというかたもいるかもしれない。
明らかにルール違反となる助言とまではいかずとも、スポーツでいう野次のような感想が耳に入ることもある。よほど腕に覚えのある歴戦の雄、実戦経験の豊富なかたでなければ、このどこから槍やら鉄砲やらが降ってくるかわからない野戦場のような環境はなかなか厳しい。
初心者にはクローズドな環境(無観客)で行われる指導対局のほうが安心して、集中して取り組めるだろう。
優しい声がけが嬉しい指導(女流棋士)
2024年11月9日。この日と翌日10日は「第50回将棋の日in渋谷」として渋谷区内のあちこちで将棋関連のイベントが開催されていた。
旧将棋会館では朝10時から無料でプロ棋士の指導対局が受けられるという。これを申し込まない手は無いと、受付に並んだ。将棋会館は1階の売店までしか行った事が無く、2階へ上がるのも緊張する。場違いかなと小さくなりながらも抽選開始を待った。
抽選の結果、北尾まどか女流二段のカードを引き、ほっと一安心した。ねこまどの将棋イベントでもよくお顔を存じ上げており、どうぶつしょうぎ等でお子さんへの指導も得意とされている先生だ。私のような中年女性の初心者にもきっと慣れておられるだろう。
緑色の綺麗なお着物姿で颯爽と登場された北尾先生は、明るく華があり、声も美しくて例えるなら江戸っ子の粋を感じる別嬪さんだ。
始まる前からオーラに圧倒されている私に、さあ、どんどん攻めて王様を捕まえてくださいね、と優しく励ましてくださる。
しかし意気地なしの私は踏み込みが甘く、ズルズルと逃げられてしまう。
数の攻めと、金銀を剥がす事が大事ですよとアドバイスされ、良い手は褒めて頂きつつ、かなり緩めてくださり、迄106手でかろうじて勝たせて頂いた。
初心者に勝たせるのは先生方にとっても大変なご苦労だ。次はもっと冴えた手を指して、北尾先生には成長した姿をお見せしたい。
棋力の差が歴然!プロの技に圧倒される(棋士)
続いて午後からは渋谷区文化総合センター大和田での指導対局に当選していた。青嶋未来六段・小山怜央四段・山川泰煕四段・本田小百合女流三段の先生方のどなたに教わるのかは受付するまでわからない。
北尾先生に教わった棋譜を見返し、アドバイスを呪文のように繰り返しながら、ドラマ半沢直樹ばりに大和田〜!と叫びたいほど自分自身を鼓舞しつつ会場へと向かった。
指導料2000円を支払い、「山川先生の席へお願いします」と言われた私はおそらく傍目にもガチガチに緊張しているのがわかっただろう。
ああ、申し込まなきゃよかった、先生に申し訳ないと、先ほどまでの鼻息の荒さはどこへやら、すっかり意気消沈して縮こまっていた。
そんな中で山川泰煕先生がスマートに登場された。ブースの中心に入って指導相手の手合いを相談されている。つい最近まで鬼の三段リーグの死闘を戦い抜いた猛者とは思えない優しげな青年だ。
笑顔で手合いを聞かれ、先生相手に無謀なんですが、6枚落ちで教わりたいですとお伝えし、和やかに挨拶を交わして対局を開始した。
開始してすぐに、面食らった。アプリのぴよ将棋相手にせっせと練習してきたのに、先生の指し手が全く想定外なのだ。私が覚えている定跡は多くない。仕方なしに未知の局面に対して定跡通りに指してみた。
「こう指したい気持ちはわかるんですけど、竜が捕まってしまうんですよ」序盤早々、私の悪手を一瞬で見咎め、竜が無駄死にする手順を再現してくださる。
そのスピード感に、ポカーンと口が開いたままだった。早い、凄い、いや、次元が違いすぎる。
格好良すぎて、最後に紙一枚で残っていた戦意も吹き飛んだ。私は今、ドラクエでいえば布の服と檜の棒でラスボスに遭遇しているのだ。「逃げる」は選択できない。
大人しく白旗を掲げ、貴重な先生の指導内容を私の渾身の集中で心に刻もうと決めた。
途中途中、やぶれかぶれで大駒を切って玉砕しようとする私を諫め、励ましてくださりながらも勝たせて頂いた時には、あっという間に60分が過ぎていた。先生のご苦労たるや。このご恩は決して忘れない。
この1時間を経験してみて、プロ棋士の記憶力の凄さと、その圧倒的な頭の回転の速さを肌で感じる事ができ、ますますプロの先生方への尊敬の念と、もっと上手く指せるようになりたいという思いが強くなった。
もちろん、出来の悪い生徒である私を最後まで見捨てないお優しい山川先生のファンになってしまった事も白状する。
おわりに
翌日はNHKの公開収録に参加する為にLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で入場待機列に並んだ。藤井聡太七冠が出演されるとあって、熱心なファンの皆さんが大勢おられた。
待つ間、ファン同士がすぐに打ち解けて会話が弾むのも将棋イベントの素敵なところだ。
私が一手詰を解いているのを見た隣の女性から、将棋指されるんですかと尋ねられたので、超初心者ですけど昨日も指導対局に行きましたと話すと、え〜、私は無理だわ、怖いと仰り、周りの方も一様に頷いておられた。
私もその気持ちが痛いほどよくわかる。
アラフィフにもなると、会社ではベテランであり、常に指導する側の立場だ。初めて経験することも、少なくなってくる。
それが、将棋では園児ちゃんにさえ軽く手を捻られるほどに無力なのだ。恥をかきたくない、怖い、拒否反応があるのも無理はない。
ただ、その恥ずかしさを乗り越えて自分で指す経験をする事で、将棋棋士の先生方の突出した才能を痛感し、観る将ライフがさらに充実したものになることだけは絶対に間違いない。
人に教わるのはとても楽しい。そして教わったことで棋力が向上するという達成感もある。
私の赤っ恥な体験をお話しする事で、私も指してみようかな、と思ってくださるかたがいらっしゃれば、本当に嬉しい。