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第82期名人戦第4局 別府対局(自宅観戦)
ヘッダー写真は朝日新聞将棋取材班公式X(@asahi_shogi)より
目が覚める天使の跳躍
2024年5月19日。第82期名人戦第4局2日目。挑戦者豊島将之九段が封じ手☗7七桂から2手連続となる☗6五桂を着手した。
私は翌週に迫った資格試験のテキストを放り出し、戦況を食い入るように見つめた。
名人戦第1局と第2局は接戦の末、惜しくも敗戦となった豊島先生。何とか1勝を返したい第3局では、なんらかの誤算があったのか、本来の実力を発揮できないまま敗れてしまった。
第4局の立会人を務める深浦康市九段は1日目を終えた後のインタビューで、第3局については豊島さんは後手雁木できっとやりたい作戦があり、気合い十分だったと思うが、藤井名人にうまくいなされ、空回りさせられたようにお見受けしたと話された。
雁木のスペシャリストとして知られる深浦先生として察するところがおありになるのだろう。
開幕前、名人戦に相応しい将棋をお見せしたいと話された豊島先生はこのシリーズでその言葉通りに次々と意欲的な工夫の指し回しをみせたが、第3局では残念ながらその全容をみることは叶わなかった。
そして、内容的には惜しい敗戦もあったとはいえ、豊島先生は2024年度に入ってから勝ち星に恵まれず、ここまで6連敗とファンをやきもきさせていた。
しかしこの日の豊島先生は、明らかにこれまでとは違った。
自玉が馬に睨まれて危険な中、守りの手を指すことも十分に考えられた封じ手に、桂跳ねの速攻を選んだ事からも、角番に立たされた挑戦者という立場を全く感じさせない勢いを感じた。
桂馬や香車というスピード感のある駒を大駒とうまく連携して活躍させ、瞬く間に敵陣に致命傷を負わせる豊島先生らしさが戻ってきたのである。
ひらりひらりと的確に桂馬が藤井名人の陣形の急所を狙う。まだ守りが不十分なまま奇襲をかけられた事で、守るばかりでは埒があかないとばかりに藤井名人も桂跳ねを強行する大変面白い展開となった。
ファンタジスタ豊島
豊島先生は2023年4月から半年間、NHK将棋講座の講師を務められた。豊島先生がポイントとして説明してくださった事はまるで格言のように記憶しているが、その中でも特に「相手に攻めてこられたら、より強い手で攻め返す」という言葉が印象に残っている。
豊島陣も居玉で守りは十分とは言えない状態だが、藤井陣の弱点へと攻め駒を次々と集結させる。大駒の砲台も照準をロックオンする。これにはさすがの藤井名人も自陣に守り駒を配置せざるをえず、簡単には負けない陣形に立て直したものの、結果的に攻め味が薄まってしまった。
対する豊島先生は飛車の使い方が見事だった。右へ左へ、サッカーのフェイントのように軽やかに攻めをかわす。圧巻は4筋に並んだ二枚飛車だった。香車の二段ロケットは端攻めの手筋として時折プロの公式戦でも見かけることがあるが、飛車が縦に並ぶのは珍しい。終局後、2024年のABEMAトーナメントでチーム豊島メンバーとなった大石直嗣七段もXで呟いておられた。
豊飛ーとは呼べないですが飛車の活用が印象に残り、本局も勉強になりました。
— チーム豊島 (@abT00_mtoyoshi) May 19, 2024
第5局も作戦から注目です!お疲れ様でした。(大石)
明けない夜はない
私は仕事で必要な資格試験を受験する事があるが、集中なんてせいぜい2時間が限度だ。そしてその2時間でもおそろしく疲弊し、試験終了後はいつもテキストをゴミ箱に放り込みたい衝動に駆られる有様だ。
資格試験の中で最難関の司法試験でも、1日7時間が最長で、連続2日間では13時間だが、名人戦は持ち時間9時間、2日間の合計は18時間以上に達する。その頭脳勝負の壮絶さは到底常人には辿り着けない境地としか思えない。
午前9時の対局開始からまもなく12時間が経過しようとする午後8時49分、「負けました」と藤井名人が静かに投了を告げ、第4局は95手で終局を迎えた。
豊島先生にとっては、完勝譜で先勝を飾った2022年6月の第63期王位戦第1局以来、約2年ぶりに藤井戦での勝利を収めた。
この間、対藤井戦では12連敗中だった。2023年度の名局賞に選ばれた第71期王座戦挑戦者決定戦などの惜敗もあったとはいえ、これだけ星が偏ると真っ暗闇の中で希望の光が見えなくなってしまっても不思議ではない。
だが豊島先生の信念は決して揺らがなかった。諦めることなく、倦むことなく、ひたすら地道な努力を続けてこられた心の強さには、尊敬とか賞賛とかいうありきたりな言葉ではとても表現し尽くせないほど感動してしまう。
珠玉のような名人挑戦権
豊島先生が名人を失冠してから4年の間、泥水の中を這い回るような過酷な順位戦を戦い抜き、やっとの思いで手に入れた名人への挑戦権。それは映画ファインディング・ニモで敵に襲われ食べ尽くされてしまった卵の中で最後に残った卵(ニモ)のように豊島先生の手の中で光り輝いていただろう。
きっと大切にするんだと心に誓い、ここに来られなかった全ての将棋棋士の思いを背負って大舞台に立つ事の重大さも、責任感の強い豊島先生ゆえに人一倍感じておられたに違いない。
名人戦で戦える事は、将棋棋士にとって格別の喜びだ。もしかすると大切にしよう、慎重にいこうと思うことで、知らず知らずのうちに豊島先生の強みである閃きや大胆な攻めが鳴りをひそめていた可能性もある。角番となったことで、悔いのない将棋を指したいという気持ちが、本来の思い切りのよさを取り戻すきっかけとなったのかもしれない。
今期の名人戦記念扇子に「遊」の文字を選んで揮毫された豊島先生にとって、将棋は幼い頃からの遊びの原点であり、楽しいものだという思いを込めておられるのではないだろうか。
第5局では角番や後手番を意識することなく、のびのびと感じるままに目の前の盤面に集中し、豊島先生らしい将棋を見せてくださる事を心から楽しみにしたい。
第5局はタイトなスケジュールの中、すぐ今週末に開催される。舞台は大分県別府市から、日本列島を大きく縦断し北海道紋別市へと移ることで、気温差も大きい。コンディションを整えて臨むことも大事な準備のひとつとなるだろう。
天使の笑顔に「キュン死」!
名人戦の恒例として、対局後の翌朝に勝利棋士のインタビューがある。対局の振り返りもあるが、比較的柔らかい質問内容もあり、激闘の余韻を和らげる箸休めのようで、毎回楽しみにしている。
今回はどんなインタビューになっているのかと、職場のランチタイムにXを開いてみた。
えっ!
あっ!あーっ!
一瞬にして天に召される思いだった。昨日までの盤面を睨みつける眼光の鋭さはどこへやら。恥ずかしそうに両手でハートマークをつくる優しい笑顔の豊島先生。
あの…こちらのお方は?同一人物でしょうか…⁈なんなんですかこの神がかり的なお写真は…!ここは天国ですか…?
遊び心でポーズをリクエストされた報道陣のかたにも、快く応じてくださる豊島先生にも感謝。
憂うつな月曜日が微笑みで満たされていく。幸せすぎる月曜日の昼下がりだった。
名人戦第4局、豊島将之九段への一夜明け取材。ご本人に確認したところ「キュン死(ご本人に関しては、きゅん死)」という言葉はもちろんご存じとのことです😊。 pic.twitter.com/5XfVmQAG6p
— 北野新太/朝日新聞社 (@kitanoarata1980) May 20, 2024
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柔和で優しい天使の笑顔だ
毎日新聞・将棋 Xアカウント(@mainichi_shogi)より
https://x.com/mainichi_shogi/status/1792360804685353222?s=46&t=Qud33Wwnz1zhRdy2T3t6Fg