第13期加古川青流戦 第2局観戦レポ(大盤解説会〜表彰式)
※第1局レポはこちら
野生の将棋棋士⁈
2023年11月5日、加古川青流戦第2局の朝は加古川のホテルで迎えた。今日は“先着順200人”の大盤解説会だ。前日の第1局で、入場無料なうえに棋士8名が次々と解説してくださる幸せに味を占め、何としても絶対に参加したいと、美味しい朝食もそこそこに8時半にはホテルを飛び出した。
この日は羽生善治会長もお越しになるとあって、到着した8時40分過ぎには熱心なファン50人ほどの待機列が出来ていた。
最後尾に付こうと周囲を見渡すと、あれ?どこかで見たお顔…あっ横山友紀四段!携帯を見ながら何か確認しておられるご様子。邪魔しては申し訳ないので、おはようございますと一言ご挨拶するだけにとどめた。
その後も背の高いスラリとした青年…と思ったら出口若武六段が到着されたり、「皆さんめっちゃ早いですね〜」と明るく声をかけながらキャリーを引いた菅井竜也八段が颯爽と通り過ぎたりと、嬉しい遭遇が続く。もちろん大盤解説会の為に集まっておられるのだが、憧れの先生方をこんなに近くで拝見できるのは、現地観戦の楽しみの一つでもあり、幸せな瞬間だ。
伝家の宝刀「右玉イケメン」
第2局の大盤解説会は菅井竜也八段と久保翔子女流2級のコンビでスタートした。菅井先生にとって尊敬する久保利明九段のお嬢様なので、家に久保先生がおられるっていいなぁと思わず本音が漏れ、会場は笑いに包まれた。
戦型は第1局とは打って変わって、相雁木のじっくりとした序盤から、吉池三段が右玉に駒を進めた。これが最終局になるかもしれないから、やっぱり得意の右玉で勝負ですよね、と解説の先生方も仰り、吉池三段のこの一戦に懸ける思いの強さを感じた。
三番勝負の展望記事では藤本先生も「(吉池三段は)右玉イケメンという言葉がしっくりくる。自分と作戦選択が似ている気がする」と評している。
居合のように間合いをはかる展開
対する藤本四段は強固な穴熊を完成させ、じわり、じわりと駒組みが進むが、50数手を過ぎてもまだ駒がぶつからない。
事前研究が浸透し、対局開始からほんの1時間ほどで50手以上進むことも珍しくはない最近の将棋には珍しいケースだ。
解説の菅井先生が、前日の第1局終了後の食事会での対局者の様子について、特に先勝した藤本四段のほうが口数も少なく、緊張しているように見えたと話してくださった。
第1局は藤本四段の辛勝でもあり、吉池三段の強さを痛感し、決して油断しないようにと兜の緒を締めておられたのだろう。
羽生善治会長登場
会場に歓声が上がり、大盤解説会のサプライズゲストとして羽生善治九段が解説に登場された。
双方駒組みが完成しており、場合によっては千日手含みの流れも見えていた為、これは加古川青流戦初の四番勝負ですかね、と茶目っ気たっぷりに仰り、笑いが起こっていた。
聞き手の榊菜吟女流に、次に指すと効果的な一手クイズをヒントたっぷりで聞いてくださったりと、レジェンド羽生先生がこんなにユーモアのあるお話しぶりとは知らず、とても貴重な時間だった。
(若手棋士の登竜門である)青流戦とは思えない、渋い手、30年くらい将棋を指しているプロの手ですねと藤本四段の次の狙いを解りやすく教えてくださった。
お互いを知り尽くした最終盤
香得を許した吉池三段は、ゆっくりしていては有利を拡大されてしまうため、攻めに転じたが、残念ながらあと一歩が届かなかった。最後の攻めのターンが藤本四段に回ってからは、まるでお互いの読みの一致を確認し合うかのようにどんどん手が進む。
たくさん練習将棋を指し、お互いの発想が手に取るように理解できるのだろう。
確信のこもった藤本四段の手つきと、吉池三段の応手の速さに解説の井上先生は、これは2人とももうわかっとるね、と呟く。
最後の数手は両者とも1分を使うことなく指し進められ、迄143手で吉池三段が投了された。会場からはお二人に温かい拍手が起こる。
藤本四段が2日間の濃密な番勝負を制し、これまでの最年少記録である佐々木勇気八段の19歳2ヶ月を11ヶ月更新する18歳3ヶ月での棋戦初優勝となった。
公開感想戦
対局者の先生方が大盤解説会場に到着され、表彰式の前に井上先生、菅井先生と4人で公開感想戦が始まった。
指し手の狙いに対して身振り手振りを交えながら明快に話される吉池三段と、恥ずかしそうに小声で話される藤本四段。対照的なお二人に、井上先生がトーク負けてますよ、もっと大きい声でねと藤本先生を励ましておられ、本当の親子のような師弟関係の温かさを感じた。
終局直後の対局者インタビューは会場にも流れていたのだが、音声が小さく聞きづらかった。すると咄嗟に井上先生がスピーカーのレベルを調整し、これもっと音大きくならへんのかな、と対局者の思いを聞き取ろうと一生懸命に耳を傾けておられた。お優しい井上先生をはじめ、多くの関係者・観客が対局を見守っていた事を、ぜひ両対局者の先生にはお伝えしたい。
表彰式・対局者挨拶
表彰式では羽生会長がプレゼンターとして再登場された。デビュー当時から憧れの棋士は?の質問に羽生九段の名前を挙げていた藤本先生にとって、最高に嬉しい瞬間だっただろう。表彰状授与の際に深々とお辞儀をして、なかなか頭を上げない藤本先生の姿を見て、その胸中を思うとこちらまで嬉しさでいっぱいになった。
続いて岡田市長から優勝、準優勝トロフィーが両先生に授与された。
羽生会長と岡田市長が降壇され、壇上に残った対局者の先生方に、まず優勝された藤本四段からご挨拶をお願いします、と司会者のかたが促した。
と、藤本先生を見ると、その段取りが飛んでしまっておられたか、ガーンという文字が頭上に落ちてきたかのように仰反り、困った表情をされていて、先生には大変失礼ながら、つい吹き出してしまった。
不意打ち⁈ながらも、観戦に来てくださった方々への感謝と、新人王戦での(逆転負けの)悲しさをここで晴らせました、と話された。
新人王戦では、勝ちになった思ったところで心が乱れて読みがまとまらなかったという。僅か5日前の悪夢に引きずられる事なくしっかりと立て直し、自らの力で勝利を掴み取った藤本先生は、また一つ成長を遂げた。
今後藤本先生はたくさんの棋戦で活躍され、謝辞を述べる機会も増えることは間違いないが、私はこの初優勝の初々しいスピーチの場に立ち会えた事を懐かしく思いだすのだろう。
続いて吉池三段は、この棋戦でたくさん対戦が出来たこと、注目して頂ける中で将棋を指す経験が出来た事を糧にして、三段リーグを頑張りたい、と力強く抱負を話された。立派な戦いぶりと素晴らしい立ち居振る舞いを、ぜひプロの舞台で拝見できる日を心待ちにしたい。
18歳同士の戦い。ただ年齢がお若いだけではなく、将棋に対する、混じり気のない澄んだ情熱が盤上で激しくぶつかる。お二人の真剣な戦いに触れることで、自分自身も励まされる思いだった。
「洗心」今回藤本先生が選ばれた揮毫は、先生ご自身だけでなく、観戦していた人全てに届いただろう。日々、頂点を目指す旅を続ける先生方を応援しながら、私もきっとまだまだ頑張れるはずだと勇気を頂けた。
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