2024支部会員サンクスイベントレポat関西将棋会館
さよなら大阪・福島区 関西将棋会館
2024年8月3日。JR大阪駅に到着した私は、滴る汗を拭きつつ環状線で福島駅へと向かった。
大阪〜福島間は一駅なので歩けない距離ではない。だがこの日の気温は36℃を超える猛暑日で、立っているだけでも容赦なく体力が奪われてしまいそうだった。
猛烈な暑さではあったが、私の足取りは軽かった。毎年恒例の将棋連盟支部会員サンクスイベントに初めて参加するからだ。
11月には高槻市の新会館へと移転するため、現在の関西将棋会館の対局室に入室できるのはおそらく私にとって最初で最後の機会になる。
将棋会館はプロ棋士の先生から指導対局を受けられるくらい上達したら行ってみたい憧れの場所だったのだが、私の上達が遅く、この棋力じゃとても無理だと腰が引けていた。
しかし今回のイベントは午前中が指導対局、午後からがトークショーと公開対局に分かれており、午後のトークショーから参加するなら棋力は必要なかった。
TV中継や写真では何度も目にしているものの、最後に先生方の思い出がたくさん詰まった関西将棋会館をどうしても目に焼き付けたかった。その場の空気を感じてみたかったのだ。
会館の中に入ると冷房がよく効いていてすごく涼しかった。人間の脳にとっての最適は23℃だという。寒がりなかたなら上着を羽織らないと冷んやりと感じるだろう。
クールビズ推奨で弱冷設定の公共施設も増えている中で、やはり頭脳勝負の将棋会館はしっかりと涼しさが保たれているのだと思った。
トークショーは5階の対局室で行われるが、4階の対局室も見学が許可されていた。どちらも普段は一般客は入れない。神聖な結界の向こう側に初めて足を踏み入れるような厳かな気持ちでエレベーターに乗り込んだ。
まずは4階へと向かう。水無瀬の間、錦旗の間は想像以上に天井高や襖のサイズが低く、小ぢんまりとした茶室のような造りになっている。
そしていよいよ5階へ。御上段の間は長押の金飾りも眩く、永世名人の掛軸が床の間に並び、社長室のような独特の雰囲気だ。18畳で広々としており御下段の間とは10数cmほどの段差がある。この漆塗りの蹴込み板が気安く立ち入るのを拒むような空気を醸し出している。ここで上座に座ると、続き間を見渡せるので見晴らしが良いそうだ。まさに江戸城で将軍が見ていた景色なのだろう。
人気棋士のトークショー
山崎隆之八段、糸谷哲郎八段、古森悠太五段、藤本渚五段、藤井奈々女流初段の5人によるトークショーが始まった。
山崎先生がMC的にトークを仕切っておられるのだが、とにかく話術も、業界用語的に言えば回しも素晴らしい。
私服のこだわりについてや、将棋会館の思い出等、思い思いに語られる先生方の本音トークは本当に楽しく、あっという間に時間が過ぎていく。中でも山崎先生と糸谷先生の掛け合いは漫才のように息もぴったり、まさに阿吽の呼吸で、森門下の兄弟弟子の絆を感じることができた。
ゲームコーナー&公開対局
続いて4階の多目的ルームへ移動して「格調高いのはどちらでしょう」クイズに先生方が挑戦される。一流棋士の先生方ならわかって当然の問題を、はたしてクリアできるのかが見ものだ。
職員のかたから、ちなみに昨日豊島将之九段と斎藤慎太郎八段は全問正解されましたと説明され、ハードルを上げてくる。
高級なオレンジジュースやチョコレートはどちらなのかと必死に味を確かめる先生方の悪戦苦闘ぶりがとにかく可笑しい。とはいえやはり勝負師の先生方らしく、高価な将棋駒を当てる問題は全員が正解しておられた。
山崎先生「バレンタインに高級なチョコ頂いてるので外せない」(残念ながら不正解!)
糸谷先生「水は無いんですか?前の味が残ってしまっているので」(さすがスイーツ王子!)
藤本先生「(首を傾げて)えっ⁈」(オレンジジュースをグイッと一気に飲み干す本気モード)
最終結果は残念ながら一流棋士はおられず、そっくりさんだった古森先生みたいな人⁈には可愛いキメポーズの罰ゲームが言い渡された。もちろん、素敵な古森先生なのでどんなポーズでも素敵だった事は言うまでもない。
公開対局は山崎八段VS糸谷八段で、それまでのバラエティモードから瞬時に切り替わった山崎先生の表情の違いがとても印象的だった。対局開始前、我々観客の皆さんに良い将棋をお見せしたいと意気込んだお二人の思惑通りの熱戦となった。
人気実力ともトップの棋士であり、対局姿はよく観ているはずなのに、やはりすぐそばで観戦する迫力は全然違う。一手指す毎に駒音が静かな部屋に響き渡る。
帰りにはこの対局の棋譜用紙が配られた。
山崎先生と糸谷先生は、出会ってからこれまでにいったいどれほどの対局を重ねてこられたのだろう。
次期から奨励会三段リーグに参戦する記録の菅野晴太三段の几帳面な文字が並ぶ。三段リーグでの活躍と、プロへの扉が開くようにと願わずにはいられない。
無数の努力と鍛錬が積み重なって将棋界の日常は続いている。改めて将棋を生業とするプロ棋士の先生方の凄さに触れさせて頂ける貴重な1日だった。
森信雄門下の絆
この日、「聖の青春」の著者であり、長年にわたり雑誌「将棋世界」編集長として尽力された作家の大崎善生氏が逝去された。
故・村山聖九段が関東への移籍を願い出た際に、師匠の森信雄七段が彼を頼りにするようにと告げ、村山九段の東京での世話役を務めるなど、森一門にとって長く親交があり恩義も縁も深いかただった。
森信雄七段にとっては深く信頼して弟子を任せるほど大切な人との別れだ。失意はいかばかりか、想像に難くない。
森先生のXアカウントに山崎八段来訪のポストがあったのはその5日後の8月8日、村山九段の命日だった。
大崎氏との最後のLINEは今期棋聖戦でタイトル挑戦者となった山崎八段への激励だったと話される森先生。師匠の悲しみにそっと寄り添い、志半ばで亡くなった兄弟子への畏敬の念を忘れない山崎先生。
森先生にとって、どんな励ましの言葉よりも心強く、乾涸びそうな心に染み渡ったに違いない。
山崎先生の優しさ、責任感、人としての器の大きさに、改めてこの先生が一生懸命に守ろうとしておられる将棋界をこれからも微力ながら応援し続けたいという気持ちで胸がいっぱいになった。
後日、将棋連盟から個人会員証が郵送されてきた。私も晴れて個人会員となったからには、ますます精進するしかない。1年後は高槻の新会館でのサンクスイベントにぜひ参加して“指導対局”のレポートを書くことをお約束したい。(とハードルを上げてみる)
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