防御しなくていいんだ、って知ったこと
3年前のいまごろ、マレーシアではコロナによる「行動制限令」が出された。美容院はすべて閉まった。そういうわけで、私も自分でハサミを持ち、後ろ髪まで切ったのだ。
去年の夏に帰国した。美容院に行ったほうがいいなあとは思った。だけど、セルフカットしちゃったし、と気が引けた。美容師さんに笑われそうな気がするのだ。「自分で切った人って、すぐ分かりますよ」とか。軽く笑うとか。ちょとだけ「ああ、こういう人、迷惑だな」と思われるとか。
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さて、ペナンに着き数日が過ぎた。南国の明るい陽射しを浴び、気持ちが明るくなった私は、「やっぱり、ヘアサロンに行こう」と思い立つ。
ネットで見つけたお店に予約を入れた。初めていくそこは、大通りから山の方向に上がり、住宅地の中にあった。
広い一軒家を改築したもので、ドアをあけると、白を基調とした明るい店内は、ずっと奥まで見渡せる。思ったより、ずいぶん、広くておしゃれなところだった。
ふかふかした椅子に座ると、柔らかそうな素材のTシャツに、淡い色の細身パンツをはいているスタイリストさんが、近寄ってきた。
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その人(かりにAさんとする)は、鏡の私に目を合わせるとにっこりとほほ笑む。「3-4センチ切るだけで」私は人差し指と親指で、スペースを作りながら言った。
Aさんは、私の髪をコームでときながら、毛先を眺めて少し考えているようだった。
あの、と急いで私は言う。「自分で切ったの」指摘されるよりは、自分で言ったほうが恥ずかしくない。
「messyでしょ?」私は、中途半端に笑いながらきく。
「It's OK, It's OK」
Aさんは、少し目を開くと、大きく両手を振った。それから、鏡ごしに、私の顔を覗き込み、優しく笑った。
「ねえ、髪をこうやってあげて、チェックする人はいないでしょ」そうやって、おどけたように私の髪を指であげる。
「そんなことする人、誰もいないでしょ」
Nobody would do that.
私は思わず笑った。そしたら、肩の力が抜けたのに気づいた。
私は、美容師さんはそう思うかもって、構えていた。だけど、美容師であるAさんは「誰も」しないよ、という。どっちが正しいんだろう。
私は少し考えて言った。
「あなたの言う通りかもね。そんなことする人いないね」
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Aさんは、明るい目でうなずくと、ハサミで毛先をちょんちょんと切り始めた。私は、目をつぶり考え事をする。
私は、どうして誰かが私を笑うと思ったのだろう? もしかして、自分が、そんな風に人のことをみる人間だからかしら、、。
Nobody would do that.
誰も、人のこと、そんな風にみたりしないのかな。私が、ひとりでそんなこと思っただけなのかな。
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カットとシャンプーが終わり、ドライヤーをかけてもらっているときだ。
「くるって指でまくといいの?」私が質問した。
「そうそう、私のみてて。こうやるの」Aさんは、自分の髪にドライヤーをあててやり方を見せてくれた。それから、鏡の中の私を優しく見つめる。
「あなたの髪は、すこしだけウェーブがあるわ。だから、指をくるんといれてドライヤーを当てるだけできれい。もともとすてきなウェーブなの。それを生かせばいいの」
私は、自分の髪をみる。急に、私の「もともと」が、すてきなものに見えてきた。
Aさんの見る世界では、私の「もともと」もすてきみたいだ。それに、私のことを笑う人もいない。Aさんの心の中がきれいだから、かもしれない。
私は、何してるんだろうなと思う。ハリネズミみたいに、殻を作って。丸まって。防御して。自分にも他人にも、ひねくれてて。
私は、なにしてるんだろう?
ーーー
会計が終わって、Aさんと写真を撮った。私は普段、人見知りなのに。初対面だったのに。私は、すっかり、心を打ち解けたような顔をしている。
私は、「もともと」は、こんな顔なのかも、しれない。
こんな風に、生きていきたいと、思った。
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