連載小説「雲師」 第三話 台風
ソラたち初等部のクラスメイトたちは、上空の一角にひとかたまりに集まっていた。みんな、スパチュラと呼ばれる長い棒に跨って空中で静止している。
「はい、皆さん、だいぶ上手に空で静止できるようになりましたね。スパチュラの扱いも上手くなってきました。素晴らしいです。
さて、皆さん、見えますでしょうか。今、先生の足元には『台風』がありますね?」
クラスメイトたちが一斉に下を向いた。
真下には、渦巻き模様の巨大な雲があった。
「台風」と呼ばれる雲だ。
雲師になるための勉強のひとつに、台風の授業がある。
地上で暮らす生き物たちにとって脅威となる台風は、生命を脅かすものであり、対策は取れるものの発生は予期できぬものであり、過ぎ去るのをじっと耐えるしかないものである。
上空から見ると移動速度はものすごくゆっくりに見える。現地では大荒れ、大雨にと大変なことになっている。
今日は上から台風を見るだけだが、別の機会にはソラたちも空から地上に降り、台風とやらを生身で体験する授業が待っている。俗に言う「課外授業」だ。ソラやシラスは今年十三歳になる年だが、人間の平均身長(クモコばぁばが好きな「ニホン」という国と比べても)よりはちょっと低いらしい。体重も軽いらしい。
防寒防水製のローブに着替えて台風を経験する。ふっ飛ばされそうになる恐怖を味わう。それも一人前の雲師になるためには必要な経験なんだとか。
「台風の真ん中に穴があるのが見えますか?」
先生がみんなに向かって言った。クラスメイトたちはそれぞれ頷いた。
「あの穴のことを、台風の目と言います。穴があるため、あの場所には雲はそれほどありません。よって、目の中心部はほとんど風が吹いていません」
へぇー、ふーん、などと小さな声があちこちで漏れ出た。
ソラはふと夢想した。今すぐに高スピードであの穴に向かってまっすぐ降りていったら、台風のど真ん中に降り立つことができるかもしれない。そこから見える景色はどんなものだろうか。中心部から開けた空を望んだら、一体何が見えるのだろうか。
台風の講義は続いている。ふいにクラスメイトの一人が挙手をして、先生に質問をした。
「先生!」
「はい、何でしょうか?」
「そんなに地上の生き物にとって台風が脅威なのでしたら、僕たち雲師が何らかの方法で台風を消してあげるのはダメなのでしょうか?」
なるほど、と頷くクラスメイトもいた。ソラはばぁばから雲師の掟についてキツく言われていたので同意しなかったが、シラスは確かにそうだなぁと隣で納得していた。
「先生! おれも今言われて思いつきました! おれたちが雲を操る道具『クラウドボー』で雲をちょっと小さくするとかはダメなんでしょうか? それか、雲の厚みを薄くしたり動きをゆっくりにしたりすれば、雨も少なくなるし風も弱まる……。人間は助かるのではないでしょうか!」
シラスも挙手をして大きな声で提案した。
クラウドボーにはいろんな種類がある。長い杖の先に用途ごとにアタッチメントを変えて作られた、雲師専用の仕事道具だ。
雲の厚みを変える、ひっかけて動かす、切り取る、などなど実にいろんな棒が存在する。
ソラやシラスも、入学時に基本のクラウドボーセットを持つことになった。コンテストでももちろん使うことができる(使わないと作品なんて作れないしね!)。
ちなみに「スパチュラ」は空を飛ぶ時に跨る道具だ。これもまぁ長いので人にぶつけないようソラたちは幼い頃から厳重に教えられている。
話は逸れたが、先生の授業は続く。
「シラスさんの提案も分かりました。人間が助かる可能性を考えようとする姿勢はとてもいいことです。……ですが」
先生はシラスと他のクラスメイトをゆっくりと見渡し、一言一句噛みしめるようにして言葉を紡ぐ。
「雲師には大切にする掟があります。
掟は、何が何でも守り抜くものです。
一、世の理に手を出してはならぬ
一、人間だけではなくすべての生き物を考慮せよ
一、我々の存在は神ではないことを肝に銘じよ
一、誰にも存在を明かしてはならぬ
教科書の表紙をめくった最初にも書いてあります。絶対に忘れてはなりません」
その場が静まり返った。それくらい、先生は真剣だった。
(世の理に手を出しちゃダメ……。台風とか災害も、必要があっての事象……。わたしたちは神様ではないから、その時の感情で雲に手を出してはダメなんだ……)
ソラもシラスも心の中で掟を繰り返した。
自分たちの感情で雲を操作し、天候を操っていいものではないのだ。
だからこそ、人間が乞い願ってから、雨を降らせたり日を照らしたりしてきたのだ。
天上から遥か下の台風が、いつの間にか移動していた。うねるように荒々しい雲。たくさんの雨風を撒き散らし、それはまるで何かに怒っているかのよう……。
授業が終わり、廊下を歩いているシラスが、頭の後ろで両手を組んで言った。
「掟なぁー。難しいなぁ。おれ、台風をテーマにしようかって一瞬思ったんだよな!」
(台風をテーマに?)
コンテストのテーマで悩んでいたソラは、すぐに反応した。
「え、そうなんだ。台風を作品で作りたかったの?」
「うん、まぁ、案としてな。その場で本物の台風は作れなくてもさ、作品なんだからイメージが伝わればいいかと思ってさ」
「まぁ、そうよね」
「台風なら強いし、カッコいいじゃん!」
理由=カッコいいから、と堂々と言ってのけるシラスが羨ましいとソラは思った。そんな単純でいいの? と思ったけれど、人が考えたテーマなんだからアレコレ言う筋合いはない。でき上がった作品の技術や美しさが素晴らしければ、それはとても素敵なのだから。
一方、シラスは頭をよぎっただけのテーマを口にして、ソラの反応を見ていた。ソラは祖母が優勝者でもあるから、きっと本人が考えている以上に理想を高くしているのではないかと思っているのだ。
初めて参加したコンテストでさらっと優勝をもぎとった祖母。ソラはその孫。
(ソラはソラなのに)
雲師を目指して勉強しているシラスとソラは、実際はまだ雲師ではない。
楽しそうだからコンテストに応募してみるというのではダメなのか? とシラスは思う。
ソラの、歩くたびにふわっと肩に揺れる空色の柔らかい髪。
黒い無地の制服にそれぞれ羽織っているローブをひるがえしながら、シラスは横目でこっそりソラを見る。
シラスは両腕を胸の前で組んで考えた。
(どうしたらソラに「こいつ、すげー奴だな」って思ってもらえるだろうか……)
とりあえず目下の目標はコンテストで入賞……できることなら優勝だ。
賞金がもらえたら全額ソラに渡したっていい。シラスが望むことはお金ではないのだ。
シラスはわざと大股で元気よく歩いていった。
(つづく)
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