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連載小説「雲師」 第二話 初代コンテスト優勝者

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 ソラがこの日の授業を全て終え、斜めがけ鞄を肩から下げて帰宅した時、ばぁばは居間のちゃぶ台でお茶を飲んでいた。ソラの両親は仕事があるので昼間はいつも不在だ。必然的に帰宅後は、ばぁばがソラを見守ることになっていた。

「ただいまぁ」
「あぁ、おかえり。ソラ」

 ソラは鞄と着ていた白いローブを壁に設置してある木製のウォールハンガーに引っ掛けた。玄関周りは今風なのに、ばぁばは「ニホン」という名の国の「ワフウ」デザインが好きだとかで、土足メインの室内に「タタミ」という草を使った硬い敷物をわざわざ置いて靴を脱いで生活をするスタイルにしている。シラスの家に遊びに行くと「タタミ」は置いていないので、ソラはシラスやお友達の家を見るたびに、自分の家がちょっと変わっていると自覚する。

「お茶でも飲むかい?」

 ばぁばは二人分の薬草茶の準備をしながらソラの表情をうかがった。学校で楽しいこと、辛いことがないかどうか、さりげなく確認するためだ。

「ねぇ! ばぁばのコンテストの作品について、もっかい教えてほしいんだけど!」

 淹れたての薬草茶を飲むのもそこそこに、ソラはばぁばにぐいっと迫って言った。学校で「もくもくコンテスト」のチラシでも見たのだろうとすぐに検討がつき、ばぁばは微笑んだ。孫がコンテストに参加したい旨は前々からよく聞いていたからだ。

「いいよ。参考になるかどうかは分からんがね」
「うん! 何度も聞いてるけど、やっぱりもう一度聞きたいの! だってばぁばは……」

 ばぁばは、何なのか。

 ソラは目を輝かせていた。
 ソラの祖母であるクモコばぁばは、初代コンテスト優勝者なのだ。
 ちなみに雲師くもしでもあった。雲師の後は、教師となって子供たちに雲師について教えていたこともあった(現在は定年退職しているのでいつも家にいる)。一度優勝した者はそれ以降コンテストに応募することはできないため、クモコばぁばの作品は一つだけ。

 ソラはちゃぶ台でお茶を飲んでいるばぁばの後ろの、箪笥たんす、に飾ってあるトロフィーと写真立てを見上げた。

 写真には「土偶どぐう」が写っていた。

 短めの片手を上に向け、反対の手は下を向いている。
 眼鏡のようなまるい二つの円に、まっすぐ横一文字に線が入っている。
 人の形をした土偶は、腰あたりがきゅっとすぼまっている。
 腰の下には大きく広がったおしり、そこから伸びる二本の短い足。

 これくらいならテーマの独創性はともかくとして、ソラやシラスにだって作れそうな形だ。

 問題は、体中にめぐらされた模様。草のような、ツタのような、炎のような、規則があるような、ないような。そんな摩訶不思議で繊細な模様たち。

 初代コンテスト優勝者のクモコばぁばは、「雲」という白一色で柔らかい材料にも関わらず、土偶を仕上げた超一流の雲のクリエイターだった。

「あたしのテーマは『命』さね。土偶は女性をイメージして古い時代に作られた農作物が良く育ちますようにっていう願いを込めたもので……」
「う、うん……」
「土偶と一括りに言っても、そりゃあいろんな土偶があって……」
「う、うん……うん……」
「なんだかんだ言ってもね、この美しい模様をあたしは雲で表現してみたかった……」

 ばぁばの話は長かった。
 お茶を飲み干し、おかわりも飲み干し、次のおかわりをソラは自分で淹れることにした。ついでに茶菓子もこっそりと拝借し、頭のエネルギー補給にとむしゃむしゃ食べた。

「じーさんのお供えの茶菓子、食べたのかい」

 ギクッとしてソラはむせた。話に夢中になっているから気付くまいと高をくくっていたけれど、ばぁばはしっかりとソラのした所業を見ていたらしかった。

「ごめんなさい。つい、お腹がすいちゃって……」

 しゅんとしてソラは謝った。ぐぅーと証拠となる音もソラのお腹から鳴ったくらいだ。
 ばぁばがくつくつと笑いながら晩ごはんの支度を始めた。ソラも自然と隣で手伝いをする。


 雲、という素材は本当に柔らかい。
 ソラが帰宅した時にばぁばが読んでいたクラウド新聞によると、ここ数年のコンテスト参加者は若干減っているそうだ。特に子供の部が少ないらしい。少子化の影響かもしれん、とばぁばは苦笑していた。
 ソラやシラスが応募するのは初等部門。応募作品が少なければ入賞する確率も上がるってものだ。
 だが雲は柔らかい。
 土偶の模様ほど緻密な表現を、ソラは自分ができるとは到底思えなかった。

(ばぁばが優勝した時は、さすがにもう大人だったしなぁ……)

 ソラはため息をついた。応募条件ギリギリの年齢の自分が、優勝した当時のばぁばと同じ技量は持てっこないとしても、優勝を目指すんだったらテーマが切り札かもしれないと思った。

(テーマか……)

 ばぁばの優勝作品のテーマは「命」だそうだ。
 ライバルでもあるシラスには相談できない、むしろ相談したくないし。
 シラスは頭の回転がソラより早いので、ぱぱっといろんなアイディアが沸くだろう。ソラもやる気だけは人一倍あるものの、いざ人生で初めて何か作品を生み出そうとすると、何から手を付けていいものやら迷ってしまう。

 ソラはばぁばにちらっと上目遣いで視線を送るも、どこ吹く風のクモコばぁば。

(あれは絶対に気づかないふりをしているな……)

 孫だからと特別扱いしないクモコばぁばはさすがと思いながら、ソラは悶々とテーマをどうするか悩んでいた。公平に、平等に。ただし、ばぁばは先生でもあるのでシラスや友達と一緒に教えを乞えば、実に適切な指導をしてくれることも知っていた。


 ふわんと晩ごはんの具沢山ごろっとスープの香りが広がってきた。
 ぐぅーとソラのお腹が辛抱たまらんと一言物申す。

 コンテスト優勝を目指して、ソラはライバルでもあり幼馴染でもあるシラスを思い浮かべ、「打倒! シラス!」と心の中で叫びながら、今できることを考えていた。



(つづく)


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