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レジェンドとアコードとフィットのカタログをください

ある土曜日の午後、「レジェンドとアコードとフィットのカタログが欲しいと言う新規のお客さんがいらっしゃるんですが、対応できますか?」とショールームスタッフの女性がボクに声を掛けてきた。

ボクの勤務する店舗には6人のセールススタッフがいるのだが、新人の後輩を除くと新規を積極的に対応したがるセールスはいない。誰もが何かしらいろいろな仕事をしているところに突然お客さまはいらっしゃる。その手を止めて対応するのが面倒だと思えばそれまでだが、受注の大きなチャンスかも知れないとボクは考えるので、いつもいの一番に手を上げるようにしていると女性スタッフも真っ先に声を掛けてくる。

もちろん、真剣に検討している場合もあるが、興味本位とか、試乗してみたいだけとか、カタログが欲しいだけの場合も多い。とくにボクの在籍する店舗は港区でオフィスも多いがゆえに、平日の昼休みにカタログだけをもらいにくるだけとか、地方からの出張ついでに地方にはまず置いていないレジェンドを試乗だけしにくるという、こちらにしてみれば何の実にもならないお客さまに1時間近くの貴重な時間を割くことになる。

同じサラリーマンであれば、残業規制や効率化を求められたりしている昨今、時間がどれほど貴重なものかは分かるとは思うのだが、自分の目的や欲求のためには人の時間を奪うことに躊躇しない人もいるので、新規のお客さまの対応をしたくなくなるセールスが多くても不思議ではない。ただ、対応しないと言う選択肢を選んだだけではチャンスも減るだけだ、なのでこういうお客さまにも時間を使ってボクは対応スキルを磨いてきたし、どういう目的で来たかを察知する力は他のセールスよりはあると思う。

少々話がずれたが、3車種のカタログを希望されているお客さまの所へ伺うと、このコロナ禍なのでマスクはしているがどう見ても20代前半のカップルが席にかけていらした。ここで、だいたいのセールスは外れを引いたと勘違いをする。それはそうだ、40代から50代のおっさんセールスの昔の頭で考えれば、20代前半の若いカップルが総額で800万円近いクルマから200万円弱のクルマのカタログをと言って来店しているのだ、単なる興味本位か冷やかしかと思っても仕方がないかも知れない。しかしこのお客さまから発せられる真剣なオーラをボクは感じていた。

来店のお礼を述べて、名刺をお二人共に渡し、来店カードへの個人情報の記入をお願いした。記入が終わり何でこの3車種を検討されているかを率直にお尋ねした。中にはいきなりカタログを開いて商品説明からするセールスもいると思うが、だいたいボクの商談はお客さまへのヒアリングから始まる。お客さまが何を求めてどんな用途で使い、どのくらいの値段で検討しているかを知らずしてはいろいろな提案ができない。もちろんこのクルマにすると固い意志で来店している方は別にはなるが、こういうお客さまでもいきなり商品説明から入ることはボクはないし、医者に行って、たとえ風邪だと分かっていてもいつからどういう症状なのかを聞かない医者は信頼できないのと同じだ。

今回のお客さまはベンチャー企業の社長さまご夫婦で、数か月後に山梨に完成する住居兼サテライトオフィスと東京を往復する用途で使うクルマを検討しているとのことだった。ご自身が言われていたことだが、20代前半のご自身と同年代の社長は、その上の世代とは違い、金持ちになったからと言って必ず1000万円以上する高級車を欲しがるわけでは無く、自分のライフスタイルにマッチしていればフィットのような大衆車でも構わない人が多いとのことだった。ただ、今回は山梨との往復を頻繁に行うので、疲れなく快適に移動できて、値段や性能で納得できるクルマを検討しているとのことでホンダではこの3車種に興味をもったとのことだった。

まずは、この3車種がお客さまの使い方の中でどういう特徴があり、それぞれにどういうメリットがあるかの説明をする提案をすると、是非そういう話しが聞きたかったとのことなので、それぞれのクルマの話しをすることにした。たいがいのセールスはカタログに書いてある事実や性能の説明しかできない、そのクルマの特徴とお客さまメリットを噛み砕いて分かりやすく言語化できるかできないかは大きい。たとえばこのお客さまにとってレジェンドは「いかなる天候、路面状況でもA地点からB地点への移動を世界で一番快適に高速に行えるセダンです」という特徴を話したあとに、それを実現している技術的な裏付けの説明をする、そうすると大概のお客さまは是非乗ってみたいとおっしゃる。このお客さまもレジェンドは3番目くらいの補欠的な位置づけで何となく候補に挙げていたのだが、すべて同列に検討をしたくなったようで、3車種共に是非試乗がしたいと言う運びとなった。

ここでも3車種の試乗というと、相当の時間がかかるので、そのお客さまの検討の真剣度がどうかを見極める力がないと単なる徒労に終わる可能性が大きい。しかしボクはこのお客さまは輸入車も含めて検討しているが、必ずやボクから購入すると言う確信があったので、3車種の試乗だけで1時間30分程の時間をかけた。

そして、この日にお客さまが下した結論は、レジェンドはトータルでは良いが、値段も含めて自分にはまだ早いので、ホンダであればアコードハイブリットかフィットハイブリットを検討したいと言う結論だったので、この2車種でいくつかのパターンの見積もりを作成した。

そして、この日はまだ検討中の他メーカーのクルマを全て見ていないので、次回の商談のアポを取って帰宅された。

そして数日後の約束の日、時間通りにご夫婦で来店されたお客さまは最終的にアコードハイブリットを購入された。

話しを伺うと、他に検討していたクルマは結局見に行かず、自分に一番マッチしていると感じたアコードに決めたのと、ボクの商品説明が実際にクルマに乗って感じたことと同じで、他のディーラーのセールスとは違っていたこともあったとのお言葉を頂いた。

常々思うのだが、意外と自動車のセールスでも自社の商品をよく知らないセールスもいて、ボクと同じ会社の他店舗と競合した際に、圧倒的な商品知識の差だけで決めて頂いたことが過去にあった。それと、すべてを覚えている訳では無いので、分からないことは分からないので調べて答えさせてと言う誠実な対応がお客さまの信頼を勝ち取ると常々思う。

今回の商談でのポイントは、若い人が高額商品を検討しても固定観念で見ない、そして商品の特徴をお客さまの使用目的に合わせて簡潔に言語化できることが大切だと言うことだと思います。

では、次回の商談ストーリーをお楽しみに。

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