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作品感想交流会
2024.08.23
ぺぎんの日記#140
「作品感想交流会」
うちの部活の自慢。
勝手に演劇を観に行って、勝手に演劇の話をする。
うちの演劇部は、根っからの演技好きというより「演劇とか、その他諸々の芸術作品が好き」みたいな人が多い。そのせいもあってか、自分が感動した演劇や映画や本などの話に華が咲きがち。
自分たちの価値観で演劇を創っていくことに、どこか怖さを抱えている集団だから、どんな作品がよい作品なのか、皆で交流したがるのだ。その話が部活の始まる前や終わった後に、勝手に始まるのが最高に面白い。
「この前こんな劇観に行ったんだけどさ」「この映画まじやばい」「2ch名作スレってやつでね」
みんな勝手に作品を観に行って(もしくは読んで)、その感動を伝えてくる。
そんな会話の中で私は、この間観た「そうして私たちはプールに金魚を、」がいかに凄かったかを話そうとした。
概要説明までは上手くいった。公式ウェブサイトを見せて、実際にあった事件を元にしているのだという話をして、
それから、口から言葉が出なくなってしまった。
観てから時間が経ってるし、何となく頭の中で整理がついてるんじゃないかと、勝手に思っていた。喋りだせば、ちゃんと作品の紹介ができると思っていた。
でも、何も喋れなかった。思いつく言葉はいくつかあったのだけれど、何かどれも嘘のような気がして。
「なんかね〜」「いや〜こう、胸がぎゅっとなる感じっていうか…」どうも的を得ない私の説明。私が必死に何かを伝えようとしてるのを皆も感じ取ってくれて、「こういうこと?」「ああいうこと?」と補助線を引いてくれるのだけれど、「いや〜なんかそうじゃない気がする…」と、やはり言葉にできない。
自分から喋り始めたのに、何も伝えられない。楽しかった会話のリズムを崩してしまって、皆を不快にさせてやいないかと不安になってきた頃、部活メイトの1人がこんなことを言った。
「えでもさ、よくよく考えてみたら作品の紹介を言葉できちゃうっていうのがオカシイよね。ぺぎんが今、その…何だっけ?あぁそうそう『そうして私たちは〜』を説明できる言語を持ち合わせてないってことは、それだけその作品が短編映画であることに意味があったってことじゃん。言葉で伝わるようなことは言葉で伝えりゃいいんだからさ。」
私の中で、何かがカチッとはまったきがした。
そうか、そうだ。言葉で説明できる感情を、わざわざ別の媒体で表現する必要は無いはずなんだ。なんで気づかなかったんだろう。
あの作品は、言葉で説明できなくて正解なのだ。
言葉を超えた何かを、私はきっとあそこから感じたんだ。
肩の荷が降りた気がした。理解すること=言葉で表現できること、そう思っていたけど違った。言葉にできないまま、心の奥の大事なところにしまっておいてもいいモノもあるんだ。
口をついて出る言葉がニセモノなら、言葉にできない、心の奥底にしまっておきたくなってしまうようなものが、ホンモノかな。
あれ、でもそうなるとこの日記はニセモノか…。
↑結局これはまだ、私には早い、難しい問題なのかも知れない。