初心者のための山川方夫ブックガイド

 国語教科書に採択されたショートショート「夏の葬列」をはじめ、数多くの作品で知られる小説家・山川方夫。現在、いくつもの著作が刊行されているが、どれから読むべきなのか迷われている方も多いのではないだろうか。

 そこで本記事では、近年刊行された山川方夫の作品集を解説することにした。各タイトルの並びは刊行順とし、おすすめ度を5段階で評価している。それぞれの評価はあくまでも筆者の独断と偏見に基づくものである。ぜひ参考にしていただけると幸いである。

【現在絶版・品切れとなっている本や、『山川方夫全集』については、こちらの記事をご覧ください】

 本題に入る前に、本記事の前提からお話ししておく。
 本記事では、山川方夫の長篇小説をのぞくすべての小説を、次の2つに分類している。ショートショート(主に原稿用紙20枚以内の作品)と、ショートショート以外の短篇小説である(中篇小説と呼ぶべき長さの作品もあるが、今回は便宜上すべて短篇小説に分類した)。
 たとえば、「夏の葬列」「お守り」等は前者に、「煙突」「軍国歌謡集」等は後者に分類される。
 以下の文章では、ショートショートと短篇小説とを明確に区別している。この点を念頭においてもらえると幸いである。

『夏の葬列』(集英社文庫)

 今日、山川方夫の作品集としてまず名前の挙がるのがこの一冊。「夏の葬列」「お守り」「待っている女」といった代表的なショートショート、および短篇小説「煙突」「海岸公園」をこの一冊で読むことができる。このうち、「煙突」は青春小説の名作として人気の高い作品。一方、「海岸公園」は芥川賞候補に選ばれた作品だが、本書のラインナップの中では少々異質な印象を受ける。とはいえ、本書は分量的にも、価格帯にも手頃なので、初心者がもっとも手に取りやすい作品集であることは間違いない。山川方夫の初心者が最初に読むべき一冊として、本書をおすすめしたい。
おすすめ度:★★★★★】

『安南の王子』(集英社文庫)

『夏の葬列』の第2弾として刊行された作品集。収録作品はすべて短篇小説で、ショートショートは収められていない。その短篇にしても、最初期の2作品と最晩年の3作品を収めるという変わった構成となっている。中期の代表作を収録していないという点が惜しまれるものの、現在新刊書店で入手可能な作品集の中では、山川方夫の短篇小説における入門編として、もっともベターな選択肢と言えるだろう。前述の『夏の葬列』をすでに読了した方で、作者の短篇小説に興味があるという方に、本書はおすすめである。
【おすすめ度:★★★★☆】

『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』(創元推理文庫)

『夏の葬列』と並ぶおすすめの作品集が、本書『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』である。本書は、1963年に刊行された同名のショートショート集を原型としているが、そのまま復刊したわけではなく、一部作品を差し替えた上で、新たに連作エッセイ「トコという男」を収録している。「ミステリ傑作選」と銘打ってはいるが、純粋なミステリ作品は少なく、「ショートショート傑作選」といった方が実態に近い。『ヒッチコック・マガジン』に連載されたショートショート・シリーズ「親しい友人たち」、対話形式の小説風エッセイ「トコという男」、その他の代表的ショートショートをこの一冊で読むことができる。巻末に収められた法月綸太郎氏と岡谷公二氏のエッセイも必読である。本書は、山川方夫のショートショートにおける入門編として、現在もなお非常におすすめの一冊である。
 ……だったのだが、現在、本書は品切れとなっているようである。仕方がないので、古書店で購入することをおすすめします。なお、後述の『箱の中のあなた』『長くて短い一年』でも本書のすべての収録作品が読めるので、そちらを購入するのもおすすめです。
【おすすめ度:★★★★★】

『展望台のある島』(慶應義塾大学出版会)

 本書『展望台のある島』は、2015年に刊行された山川方夫の作品集。編者は、山川の親しい友人の一人でもあった、小説家の故坂上弘氏。本書の特徴は、「夏の葬列」「ある週末」をのぞき、すべて晩年のショートショートと短篇小説で構成されている点にある(初期作品の改作である「煙突」を含む)。特に短篇小説に読みごたえのある作品が多数収められており、知る人ぞ知る傑作短篇「ある週末」、晩年の自伝的短篇「最初の秋」「展望台のある島」等は、特に必読である。巻末には、編者による充実した解説と年譜が付いている。初期の代表作を収録していないこと、単行本としてはかなり高額な点を考慮すると、初心者の方にはおすすめしづらい本ではあるが、それが気にならないのであれば、本書は文句なしにおすすめの一冊である。
【おすすめ度:★★★★★】

『愛のごとく』(講談社文芸文庫ワイド)

 本書は、かつて講談社文芸文庫から刊行されていた『愛のごとく』をワイド版にして復刊したものである。本書の特徴は、「最初の秋」をのぞき、すべて芥川賞もしくは直木賞の候補作で占められている点にある。したがって、一般的に山川方夫の代表作とされている作品が多く含まれているが、正直に言って、山川作品の中では特に暗く、内省的なものばかりが集められており、通読するのに少々骨が折れる。直木賞候補作「クリスマスの贈物」に至ってようやく息がつけるが、この作品にしても本書のラインナップの中では異質な印象を受ける(個人的には、この作家の本当に良い作品は芥川賞候補作以外にあると思っている)。とはいえ、いずれも山川文学を語る上で避けては通れない作品であることは確かだ。本書を読まれる際は、本記事で紹介している他の作品集をすべて読了してから臨んでほしい。なお、1965年に作者の遺著として刊行された同名の作品集があるが、一部の作品をのぞき、ほぼ別物となっている。
【おすすめ度:★★★☆☆】

『春の華客/旅恋い 山川方夫名作選』(講談社文芸文庫)

 2017年に刊行された、山川方夫の作品集。収録作品は、ショートショートの「お守り」をのぞき、すべて短篇小説で構成されている。初期作品から晩年の作品までを幅広く収録しているが、全体的に玄人好みの作品が多く選ばれている印象がある。ただ、作者の主要作品ですら入手困難となっている現状を踏まえると、もう少し収録作品に配慮があっても良かったのではないかと思う。とはいえ、本書には「遠い青空」「猫の死と」「月とコンパクト」といった佳品が収められており、さらなる山川作品を求める読者にとって、うってつけの一冊となるだろう。初心者の方が最初に読む本としてはおすすめしないが、2〜3冊目以降に読む本としては非常におすすめの一冊である。
【おすすめ度:★★★★☆】

『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』(ちくま文庫)

 2022年12月に刊行された、山川方夫のショートショート作品集。「山川方夫ショートショート集成」(全2巻)の第1巻にあたるものである。編者は、数多くのミステリ・SFアンソロジーで知られる、日下三蔵氏。本書および続刊の『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』によって、山川方夫のすべてのショートショートが文庫本で読めるようになった。

 さて、その内容だが、1963年刊行のショートショート集『親しい友人たち』の全収録作品と、作者生前の刊本に収められなかった晩年のショートショート作品、そして座談会、星新一のエッセイ一篇で構成されている。「他人の夏」をはじめとする『長くて短い一年』(光風社、1964年)所収のショートショートは、続刊の方に収録されるのだろう。

 本書で特筆すべきなのは、これまで全集でしか読むことのできなかった晩年のショートショートがすべて収録されている点である。また、ショートショートではなく一般小説として発表された、「猫の死と」「『別れ』が愉し」「ゲバチの花」「遅れて坐った椅子」等の短篇が含まれている点にも注目である。「ショートショート集成」と銘打ってはいるが、続刊も含め、ショートショートではない作品も多数収録されることになりそうだ。

 本書の後半に収められた「ショート・ショートのすべて ”その本質とは?"」は、『別冊宝石』に掲載された星新一・都筑道夫との座談会である。この座談会において、山川は自らのショートショート観をあますところなく披露しており、山川のショートショートを語る上では外すことのできない、貴重な資料となっている。これまでは『歪んだ窓』(出版芸術社、2012年)でしか読むことができなかったが、念願の文庫初収録となった。
 併録の星新一のエッセイ「抑制がきいた余韻」は、冬樹社版『山川方夫全集』に寄せた推薦文「夏と秋の間」を加筆の上、自らのエッセイ集『きまぐれフレンドシップ』に収めたもので、こちらも必読である。

 本書は、全体的にかなり充実した内容であることは間違いない。ただし、500ページに迫る分量であること、文庫本としては高額な点を考慮すると、初心者の方が最初に読む本というよりは、山川方夫ファン向けの作品集だと言えるだろう。本書は、山川方夫のショートショートをまとめて読みたいという方にとって、うってつけの一冊となるだろう。
【おすすめ度:★★★★★】

『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』(ちくま文庫)

「山川方夫ショートショート集成」の第2巻にあたる作品集。収録内容は、1964年刊の作品集『長くて短い一年』の全収録作品、初期の短篇「頭上の海」および全集未収録作品2篇、連作エッセイ「トコという男」およびその他のエッセイ、そして小林信彦のエッセイ3篇で構成されている。

 このうち『長くて短い一年』は、山川方夫のショートショート集としては2番目にあたる作品集。ショートショートではない初期作品も収録し、全作品をカレンダー形式で配列していることに大きな特色がある。本作品集は、これまでに文庫化されたことがなく、長らく入手困難となっていたもので、待望の文庫初収録となった。
 また、「トコという男」は、架空の人物「トコ」と「僕」とが様々な話題について議論を戦わせる対話形式のエッセイで、『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』に続き、本書にも収録されることになった。

 加えて、本書には『山川方夫全集』未収録作品である「六番目の男」と「十八才の女」も収録されている。このうち、「六番目の男」はラジオドラマの放送台本として執筆されたコメディ作品。一方、「十八才の女」は晩年に発表されたショートショートの一つであるが、これまでに『山川方夫全集』を含むどの作品集にも収められたことのない、幻の作品である。この両作品については、山川方夫ファンの読者でもはじめて読むという方が多いのではないか。

 その他、エッセイ「弱むしたち」「謎」、中原弓彦(小林信彦)の処女長篇『虚栄の市』に寄せた跋文も収録している。実は山川は、ミステリやエンターテイメント小説にも造詣の深い作家であり、「トコという男」およびこれらのエッセイによって、この分野との関わりがより鮮明に浮かびあがることになった。
 また巻末には、山川と親交のあった小林信彦によるエッセイ3篇も収録している。『ヒッチコック・マガジン』編集長時代に山川にショートショートを依頼した経緯などが綴られており、いずれも必読の内容となっている。

 本書は、『箱の中のあなた』と同様に、かなり充実した内容の作品集であることは間違いない。前作と同じく、まったくの初心者よりも、山川方夫ファンの方向けの一冊ではないかと考えている。ショートショートファン、ミステリファンの方にも、本書はおすすめである。
【おすすめ度:★★★★★】

『お守り・軍国歌謡集』(小学館)

 本書は、往年の名作を紙と電子で復刊するレーベル、「P+D BOOKS」の一冊として刊行された作品集である。収録作品の内訳は、ショートショートが5篇、短篇小説が6篇で、作者の文壇デビューから数年以内に発表された作品が中心である。このうち、「お守り」をはじめとするショートショートについては、いずれも他の作品集で読むことが可能である。したがって、本書はそれ以外の作品――すなわち、短篇小説を読む目的で手に取るべき作品集だと言えるだろう。この中では、特に「画廊にて」「ある週末」「軍国歌謡集」の3篇が個人的な一押しである。ただし、本書はあくまでも、作者の全キャリアのうちのある時期の作品を集成したものに過ぎない。したがって、本書には作者のベストと言うべき作品もあれば、そうではない作品も含まれている。加えて、作者にはいまだ入手困難となっている作品が多数残されている。今後、本書の第2弾、第3弾となる作品集の刊行に期待したいと思う。本書は、初心者の方よりも山川方夫ファンの方におすすめしたい一冊である。
【おすすめ度:★★★★☆】

『演技の果て・その一年』(小学館)

 前述の「P+D BOOKS」より刊行された、山川方夫作品集の第2弾。芥川賞候補作3篇を含む、作者の文壇デビュー前後に書かれた初期の短篇7篇を収録している。本書で特に注目すべきなのは、「煙突」の改稿前のバージョンを収録していることであろう。「煙突」は、元々『三田文学』1954年3月号に掲載された短篇だが、のちに作者自らこの作品を改稿し、『文學界』1964年11月号に改めて発表している。そして、現行の作品集等で読めるのはこの改稿後のバージョンのみとなっており、その意味でも本書は貴重な一冊だと言えるだろう。この「煙突」および「遠い青空」「その一年」等は、初期の青春小説として今なお人気の高い作品である。他の作品集等で読める作品が多く含まれること、前作同様に解説を収録していないことが本書のネックポイントではあるものの、作者の初期作品を読みたいと思ったとき、本書は一つの選択肢に入ってくるだろう。前作と同じく、初心者の方よりも山川方夫ファンの方におすすめしたい一冊である。
【おすすめ度:★★★★☆】

まとめ

 以上を簡単にまとめると、
 山川方夫初心者におすすめの本=『夏の葬列』『安南の王子』『親しい友人たち』
 山川方夫のショートショートをさらに読みたいという方におすすめの本=『箱の中のあなた』『長くて短い一年』
 山川方夫の短篇小説をさらに読みたいという方におすすめの本=『展望台のある島』『春の華客/旅恋い』『お守り・軍国歌謡集』『演技の果て・その一年』
 すでに山川方夫作品をたくさん読まれている方向けの本=『愛のごとく』

 となります。
 参考にしていただけますと幸いです。

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