初心者のための山川方夫ブックガイド2 全集・中古本編
純文学とショートショートの分野で活躍した小説家・山川方夫。数多くの作品集が出版されているが、どれから読むべきなのか迷われている方も多いのではないだろうか。この記事では、そんな方に向けて、おすすめの作品集を紹介することにしたい。
さて、本記事では、作者の没後に刊行され、現在中古でしか入手できない作品集を紹介することにした。また記事の後半では、『山川方夫全集』についても解説している。ぜひ最後までお読みいただけると幸いである。
【本記事は、「山川方夫ブックガイド」の第2弾にあたります。前回の記事では、現在新刊書店で入手可能な作品集を中心に紹介しているので、そちらも併せてお読みください】
本題に入る前に、いくつか注意事項があります。
本記事で紹介する本は、現在すべて絶版ないしは品切れとなっており、新刊書店で入手することができません。購入される際は、各種ECサイト、フリマサイト、古書店の通販サイト等を利用されることをおすすめします。
また文庫本については、昔の本ということもあって活字がかなり小さくなっています。購入される際は十分ご注意ください。
『山川方夫珠玉選集』(冬樹社)
1972年に刊行された、山川方夫の代表作を収めた作品集。上下巻の全2巻構成で、代表的な短篇小説とショートショートを網羅している。一般的に作者の代表作とされている作品ばかりでなく、「遠い青空」「街のなかの二人」「春の驟雨」といった知る人ぞ知る佳品が収められているのも嬉しいポイントである。現在もなお、「山川方夫傑作選」と呼ぶにふさわしい内容であることは間違いない。本書が絶版となっていることが非常に惜しい。本書の版元はすでに存在しないため、他社からでも構わない、本書の復刊を強く希望する。
【おすすめ度:★★★★★】
『親しい友人たち』(講談社文庫)
山川方夫の第一ショートショート集『親しい友人たち』を文庫化したものである。本書については、もはや説明は不要だろう。作者の生前に刊行された作品集の中では――純文学の作品集を含む――もっとも文学的完成度の高い作品集ではないだろうか。そんな本書は、長らく入手困難な状況が続いていたが、先日刊行された『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』(ちくま文庫)において、本書の収録作品がそのままの形で再録された。したがって、現在、本書をわざわざ入手する必要性はそこまで高くないけれども、作者の代表作でもあるので、山川方夫ファンの方ならぜひとも入手しておきたい一冊である。
【おすすめ度:★★★★★】
『安南の王子・その一年 他六編』(旺文社文庫)
かつて旺文社文庫から刊行されていた、山川方夫の作品集である。収録作品はすべて短篇小説で、ショートショートは収められていない。にもかかわらず、作者の短篇の中では比較的読みやすい作品ばかりが選ばれている。現在もなお、作者の短篇小説における入門編として、初心者の方にもっともおすすめできる一冊ではないだろうか。惜しむらくは、本書が絶版となっていることである。先述の『山川方夫珠玉選集』とともに、本書の復刊を強く希望する。
【おすすめ度:★★★★★】
『愛のごとく』(新潮文庫)
1965年に作者の遺著として刊行された、同名の作品集を文庫化したものである。初期作品の改作である「煙突」から、「最初の秋」「展望台のある島」までの全6篇を収録している。作者の純文学短篇を収めた作品集の中では、本書が最良のものだろう。おすすめ度は★4としたが、個人的には好きな作品集なので、いつの日か復刊されてほしいと考えている。なお、かつて講談社文芸文庫から刊行されていた同名の作品集とはほぼ別物なので、誤って購入されないようご注意願いたい。
【おすすめ度:★★★★☆】
『海岸公園』(新潮文庫)
1961年に刊行された、同名の純文学作品集を文庫化したものである。文庫化に際し、新たに「軍国歌謡集」を追加している。芥川賞候補作となった作品も含まれているが、個人的にはむしろ、「画廊にて」「ある週末」「軍国歌謡集」等の作品の方がおすすめである。ただし、2023年に『お守り・軍国歌謡集』(小学館)が刊行されたので、本書をわざわざ入手する必要性はそこまで高くないかもしれない。
【おすすめ度:★★★☆☆】
『歪んだ窓』(出版芸術社)
2012年に刊行された、山川方夫の代表的ショートショートを収めた作品集。作者の生前に刊行された2冊のショートショート集、『親しい友人たち』と『長くて短い一年』を1冊にして復刊したものである。ただし、すべての収録作品が本書にそのまま収められたわけではない。本書の前半では、『親しい友人たち』所収のほぼすべての作品が再録されたが、「昼の花火」のみショートショートではないとして省かれている。後半部分では、『長くて短い一年』の収録作品のうち、通常の短篇小説が作者の別のショートショートに差し替えられている。このように、本書の刊行当時すでに絶版となっていた『親しい友人たち』『長くて短い一年』を復刻する画期的な作品集ではあったが、いずれも完全な形で収められていないのが本書の惜しい点である。
また、本書の特筆すべき点として、星新一・都筑道夫との座談会「ショート・ショートのすべて」を収録していることが挙げられる。これまでであれば、この一点だけでも本書を入手するだけの価値があった。しかし現在では、先述の『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』においても、本座談会を読むことが可能である。加えて、同書に『親しい友人たち』が、同集成の第2巻に『長くて短い一年』が完全な形で収められているため、現在入手するなら「山川方夫ショートショート集成」の方がおすすめである。本書『歪んだ窓』は、山川方夫の著書をコレクションしているという方や、そのショートショートを文庫本ではなく、単行本で読みたいという方におすすめである。
【おすすめ度:★★★★☆】
『山川方夫全集』について
さて、本記事の後半では、『山川方夫全集』について解説することにしたい。
読者のなかには、『山川方夫全集』の購入を検討されている方もいらっしゃるかもしれない。『山川方夫全集』は、これまでに2度刊行されている。冬樹社版と、筑摩書房版の2つである。おそらく、多くの読者がこのどちらの版を購入するかで頭を悩ませていることと思う。
結論から先に述べると、古い本でも気にならないのであれば、冬樹社版でも十分満足できるのではないかと思う。以下、冬樹社版と筑摩書房版の概要と、それぞれどんな方におすすめなのかについて簡単にまとめることにしたい。
『山川方夫全集』(冬樹社版)の概要
1969年から翌70年にかけて刊行された山川方夫の全集が、この冬樹社版(全5巻)である。本全集の特徴は、すべての作品がジャンルごとに分類されている点にある。すなわち、本全集の第1~3巻に純文学作品を中心とする一般小説が、第4巻にショートショートと戯曲・放送台本が、第5巻にエッセイが収録されているのである。
だからたとえば、純文学作品を読みたければ1~3巻、ショートショートを読みたければ第4巻といった様に、読みたいジャンルの作品だけをまとめて読むことができる。
第5巻もまた、エッセイの種類に応じて分類されている。たとえば、文学論、映画論といった風に、ジャンルごとにひとまとめにされているので、通読する時に読みやすく感じるのではないだろうか。
出版から半世紀以上の歳月が経過しているので、本の保存状態によっては経年劣化が目立つ場合もあるが、それが気にならないのであれば、本全集は非常におすすめである。
気になるお値段だが、古書店の通販サイトでは、全巻セットで2〜3千円台から購入可能である。
『山川方夫全集』(筑摩書房版)の概要
2000年に刊行された山川方夫の全集が、この筑摩書房版(全7巻)である。本全集の構成としては、第1~5巻に小説作品、第6巻にエッセイ、第7巻に学生時代の論文や戯曲・放送台本、そして冬樹社版全集所収の解説・同時代評をそのまま再録している。
本全集の特徴は、ジャンルに関係なく、すべての作品が発表順に配列されている点にある。すなわち、1~5巻には純文学作品やショートショートの区別なく、すべての小説が発表順に配列されている。第6巻も同様で、エッセイの種類に関係なく、全エッセイが発表順に配列されているのである。
したがって、山川方夫の全作品を、ジャンルの区別なく発表順に読めるというのがメリットであるが、一方で、純文学作品だけ、あるいはショートショートだけをまとめて読もうとすると、少々不便に感じるのがデメリットである。
エッセイも同様で、映画論や文学論といった区分けはされておらず、すべてのエッセイが発表順に並べられているので、通読しようとすると少々読みづらく感じるかもしれない。
なお、一部のエッセイについては、冬樹社版で別のタイトルに変更されていたものが、初出時のタイトルに戻されている(例:「曽野綾子について」(冬樹社版)→「『遠来の客たち』の頃」(筑摩書房版))。この点は本全集のメリットと言えるだろう。
また各巻の巻末には、関井光男氏による詳細な解題が付いている。収録作品の書誌情報や主な同時代評がまとめられており、研究者にとって必読の内容となっている。冬樹社版では初出誌の記載しかないので、この点でも筑摩書房版に分があると言えよう。各巻に付属している月報も読みごたえがあり、特に山川みどり氏の連載エッセイは必読である。
気になるお値段だが、古書店の通販サイトでは、全巻セットが5万円台を下らないことが多く、なかには10万円台に迫るものも珍しくない。
冬樹社版/筑摩書房版の違いについて
ここまで、冬樹社版と筑摩書房版のそれぞれの特徴についてまとめてきた。ところで、筑摩書房版は冬樹社版よりも巻数が増えているので、その分、新たな作品が追加されているのでは、と思われている方もなかにはいらっしゃるかもしれない。
結論から先に述べると、小説とエッセイに関しては、冬樹社版/筑摩書房版ともに収録作品に大きな違いはない。筑摩書房版に新たに追加されているのは、テレビ・ラジオドラマの放送台本が数本と、学生時代の論文、そして小学生時代の作文くらいである。それ以外だと、(いずれも山川の知人・友人らによる文章であるが)冬樹社版全集に寄せられた推薦文、巻末に収録された解説、そして月報に掲載された文章をそのまま再録しているので、その分だけ巻数が増えているのである(前述の通り、一部エッセイのタイトルが変更されているので、違う作品が収録されているように見えるが、実際には同じものが収録されている)。
したがって、小説とエッセイを読む分には、どちらの版を選んでもまったく問題ないと言えるだろう。
冬樹社版/筑摩書房版はそれぞれどんな方におすすめか
以上を踏まえ、冬樹社版と筑摩書房版がそれぞれどんな方におすすめなのかを簡単にまとめることにしたい。
冒頭でもお伝えした通り、古い本でも気にならないというのであれば、基本的には冬樹社版全集がおすすめである。比較的安価に入手可能で、かつ収録作品がジャンルごとにまとまっていて通読しやすいと思われるからである。
また、卒業論文の執筆のために『山川方夫全集』の購入を検討されている学生さんもいらっしゃるかと思うが、冬樹社版で十分なのではないかと思う。少なくとも、学部生の段階で高価な筑摩書房版を無理して入手する必要はないと個人的には考えている。
いずれにせよ、現在通われている大学の図書館に蔵書があるかどうかや、指導教員と相談した上で決めてほしいと思う。
一方、筑摩書房版はどのような方におすすめだろうか。
まず、本格的に山川方夫の研究をされる方には、筑摩書房版がおすすめである。理由としては、現時点で最新の全集であること、底本が明記されており信頼性が高いということ、冬樹社版にはない一部の作品が追加されていること、詳細な解題がついていること等が挙げられる。本気で山川方夫の研究を目指されている方は、腹をくくって本全集を購入してください。
また、書影を見ればわかる通り、本全集は非常に美しい装幀がなされている。美しい装幀の本を手元に置きたいという方にも、本全集はおすすめである。
加えて、古参の山川方夫ファンの方にも本全集をおすすめしたい。
とはいえ、冬樹社版/筑摩書房版はどちらも素晴らしい全集なので、最終的には好みで決めてもらって構わない。その際は、古書店等で現物を実際に見てから購入されることをおすすめします。
なお、「山川方夫のショートショート作品だけを読みたい」という方は、ちくま文庫の「山川方夫ショートショート集成」(全2巻)ですべてのショートショートが読めるので、全集ではなくそちらの方をおすすめします。
全集は、あくまでもショートショート以外の作品も含めて読みたいという方向けの本です。
ちなみに、一部の電子書籍ストアにて「山川方夫全集」と称する電子本が販売されていることがありますが、一部の作品しか収録されていないまったくの別物なので、誤って購入されないようご注意ください。
まとめ
以上を簡単にまとめると、次の通りとなる。
冬樹社版全集がおすすめの方:
・山川方夫の全集を手ごろな価格で購入したいと考えている方
・山川方夫の作品をジャンル別に読み進めたいと考えている方
・古い本でも気にならないという方
筑摩書房版全集がおすすめの方:
・山川方夫の研究をしたいと考えている方
・筑摩書房版の装幀が好みだという方
・古参の山川方夫ファンの方
・金銭的に余裕のある方
以上、参考にしていただけると幸いである。