人の価値と評価について考える。
ぱやです。2投稿め!!
友だちと友だちが会う予定のマッチングアプリの人の話をしていて、風呂に入りずっと考えていました。
本当に深いつながりを持つためには、自分のだめな部分を知ってもらうことが重要なのに、チングはなぜ、良いところだけを見せるのか。
経験とそこから生まれた考え方や行った行動がその人を造りあげているのに、なぜ趣味や仕事を紹介するのか。
チング。マッ🫷
広告と同じような考え方なのはわかりますが、離婚率が高くなるのもなんとなくわかります。
さいきんよく自分に言い聞かせているのですが、
人の価値は変わらない。経験したことで価値観は変わっていく。
これに先ほど新しいことが加わりました。
人の価値は変わらないけど、他人からの評価は変わる。
ここが、自己肯定感などに繋がるんだと思います。
何をしたって正直、価値は変わりません。価値というのは、人として生まれてきたことであり、自分自身が決めるものだと思います。他人が決めることはできません。
ただ、他人から評価はされます。それは見た目だったり、仕事ぶりだったり、服装だったり、センスだったり、そのほか諸々。
その点数はその人が勝手に付けたものなので、何にも関係ないのですが、それが上司だったり、クライアントだったりの場合は、評価されるもんですから、受け止めて理不尽じゃない限りマイナスをプラスにする努力をしたらいいと思います。
ただ、結婚相手や恋人、職場のひとについて、評価って必要なの?と思いました。
職場の人は利害関係もあるので、仕事が遅い早い、面倒くさい人、物分かりがいい人など、上司じゃなくても評価する時もあるかとは思いますが。
評価とジャッジ(決めつけ)はまた違うものですが、どちらもやめないとブーメランのように自分に返ってくる気がします。
特大ブーメランです。
少し前まで、評論家気取りだった己を律します。
合わない人の方が多いのですから、のらりくらりでいきたいと思います。
評論家は引退します。