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紫式部の優れた色彩感覚とその人生(1)

平安時代は非常に豊かな色が広がり、日常だけでなく文学の世界にも広がりました。紫式部は『源氏物語』の中になんと80もの色を閉じ込めています。その色が帝の子として生まれ容姿、才能に恵まれた光源氏を主人公とし、数多くの恋愛模様を描いています。多彩な色彩がいくたの恋を華やかに彩ります。
 
『源氏物語』は日本最古の長編小説といわれ、数多くドラマ化され、世界中で翻訳されるなど有名な作品です。しかし、作者である紫式部については、多くの謎に包まれており、詳しくわかっていません。まずなんといってもなそのひとつ、紫式部の名前、本名がわかりません。
 
この時代、女性は本名を公開しておらず、家族などごく一部の人しか知らされないものでした。紫式部は、『源氏物語』発表後に付いたいわばあだ名のようなものだったのです。

そんな、ミステリアスな女流作家の紫式部にスポットを当てて、その人生を見ながら、そして彼女の思考、思いに歩み寄り、言葉の面白さや素晴らしい色彩感覚は、いったいどこから生まれたのかを見ていきたいと思います。「正確さ」を追い求めるのは大事かもですが、その人としての背景、色彩の視点から生まれる自分なりの解釈を大事にしたいと思います。

紫式部の生家は藤原冬嗣(ふゆつぐ)に繋がる名家です。藤原冬嗣は嵯峨天皇の信任が厚く側近として政界の頂点に立った偉い人です。名家の出身ではありましたが受領階級に没落してしまい、不遇で地味な暮らしをしていたと考えられています。受領階級とは国司になって地方に赴任した、中級ぐらいの貴族のことです。紫式部の祖父も父も歌人であり漢学者でありました。幼くして母親を亡くし、男社会の中で、一般的な女性が学ばないような教育を受けたと考えられています。兄弟よりも物覚えがよく、才能を発揮していきます。
 
「てて(お父さんのこと)、出来ました」
「なんと、もう終わったのか。惟規(のぶのり)はまだ終わってないぞ」
「いえ、私のほうが早くはじめましたので」
「お前が男子(おのこ)だったら、どれほど良かったか」
 
父と幼き紫式部の間ではこんな会話が交わされていたに違いありません。紫式部の名前はわかりません。諸説あります。2024年の大河ドラマ『光る君へ』で紫式部は「まひろ」という名前を付けられます。これはフィクションであり、どんな名前だったかは、わかっていないのです。同時期、女流日記である『更級日記』には、父親のことを「てて」と書いてあります。この当時、貴族は父親のことを「てて」「とと」と呼んでいた可能性があります。わずかな資料に残るだけなので、はっきりわかりません。ドラマなどではわかりやすく「父上」などと表現されていることも多いでしょう。「てて」「とと」とったこの呼び方が次第に庶民にも広がり「ととさん」のように一般的になっていたのかもしれません。

「惟規」とは紫式部の弟で(兄という説もあり)、紫式部と比較されていつも苦しい思いをしていたことでしょう。紫式部はその繊細な描写、人の心を描く巧みさから、思慮深く配慮ができる優しい女性だったはずです。男性上位の社会で、その才能は最初からただ美しく輝けたかは疑問です。妬みや嫉妬、などの対象にもなったと考えられます。知名度を得るまでも、そして得てからも、苦しい立場であったでしょう。
 
紫式部は博識で客観的な視点を持つ女性であり、朝廷の人々の様子をきめ細やかに観察し、美しい自然の描写、四季の彩りを写したような襲の色をそこに描きました。
 
 『源氏物語』の一節を見てみたいと思います。若紫帖、光源氏が18歳のときに、最も愛する女性になる紫の上と出会います。彼女はまだ十歳ぐらいの少女で、白い衣に山吹の襲を着ていました。物語の中でも重要なシーンですが、桜、梅といった華やかな色ではなく、山吹色というやや落ち着いた色なので、違和感を持つ人もいるようです。いや、このコントラストこそが豊かな色彩感覚の証ではないでしょうか。
その後、光源氏の心はこの少女のことでいっぱいになります。白は無垢の意味もあり、山吹は桜が散った後に花を咲かせます。悲劇的な別れを経て(桜が散り)、愛していた藤壺の面影を見て、無垢から自分の理想の女性にすることを願う、くすんだ色を抱えた光源氏。心理まで色彩のイメージーでコントロールする紫式部の見事な色彩感覚を見た気がします。
 
紫式部は父が越前守になったことを受けて、父と共に越前で暮らします。10代の紫式部は風光明媚な越前(福井)で1年半から2年程度そこで暮らし、そこでの体験がのちの執筆に大きな影響を与えたといいます。京の貴族たちは自然を模倣した色彩の襲(十二単)を好みました。紫式部は実際に自然に触れて感じた色彩を作品に生かしたのではないでしょうか。
 
 この話が好評でしたら、次回は紫式部が『源氏物語』の執筆までの経緯と、ライバルとされる清少納言との関係について考察をしながら、平安の色彩を紹介したいと思います。面白いと思ったら「いいね」「おすすめ」などをいただけると幸いです。

2023年6月16日発売の「色ことば辞典」の中でも『源氏物語』と紫式部のついての話や考察も複数収録しています。是非こちらもご覧ください。


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