見出し画像

パワハラ死した僕が教師に転生したら 6.社会全体のパイ÷構成員全員の欲望×君の欲望

第1話はこちらから
前話はこちらから

 教師の3回目の社会の授業。
 頬の腫れも引き、落ち着いた表情の小柄で痩せた教師が教室に入ってくる。
 教室には、不安げな生徒達が醸し出す、微妙に重い空気が・・・・・。
 
「・・・・・あのう、ちょっと怖くてなかなか聞けなかったのですが・・・・・やっぱり学級委員を押し付けられてしまったので、みんなの代表として、一つお伺いしてもいいですか?」と恐る恐る教師に尋ねる文香。
「え?何でしょうか?」と微笑んで教師が言う。
「・・・・・あの、先生は、もしかして・・・・・未来から送られて来た、どこかが壊れた人型ロボットとかではないですか?」
「は?僕は生身の体ですし、どこも壊れていませんが・・・・・」
「・・・・・じゃあ、この前の絶叫は、バケツの水でどこかの部品が故障したとかではないのですか?」
「絶叫?・・・・・ああ、あれ・・・・・あれは、前世の思い出したくない記憶が突然フラッシュバックして、ああなってしまったのです。前世の記憶があると、色々と本当に厄介なのです・・・・・」と教師が大きな瞳に憂鬱さを漂わせて答える。
「うー・・・・・この人、本当に前世の記憶が・・・・・ある?」と優太が言う。
「確かに、あのタイミングであんな演技ができるとはとても・・・・・それとも、やっぱり人でない何か?」と少し緊張気味に言う文香。
「真性のパラノイア、だろ」と颯太が無表情で冷たく言う。
「・・・・・でも、あのアトム、ゾクゾクしてたまらなかったぜ」と少し照れ臭そうに冬司が言う。
「あはははは、また見てみたい、かなぁ」と愛鐘が大きな瞳をキラキラ輝かせて言う。
「パラノ野郎!もっとゾクゾク、させてぇ!させてぇぇぇぇぇ!」と、顔とリーゼントを上下に振りながら奇声を張り上げる鳥居。
 
 首を90度にかしげ、迷惑そうに目を細めて鳥居を見つめる教師と、それを見てニヤニヤする鳥居。
 
「・・・・・はい。では始めます。前回の授業では、株主が、そして誰もがお金を欲しがる理由を説明しました。それはとても自然なことなのです。
 ただ、あまりにも強欲な株主や社長がいると、その会社の労働者が悲惨な状況に置かれることもあります。給料は安く、労働時間は長く、残業代も払われない。過労死といって、働き過ぎが原因で急に脳や心臓の病気になり死亡したり、あるいは、誰もが忙しく過ぎてイライラし、ひどいパワハラが起きるといったケースも出てきます・・・・・」
 
「それが今日の授業のまとめですか?そういう強欲な社長の会社にいたせいで、先生は前世でパワハラ死した?・・・・・本当の話かどうか知りませんが」と透き通るような白い頬に華奢な手をあてた文香が訊く。
 
「そうですねぇ・・・・・まあ、確かに僕をパワハラ死させた会社の社長は強欲でした。僕も最初はその強欲が僕のパワハラ死の原因の一つだと思っていました・・・・・でも、今では逆に考えているんです。結局、前世の僕がああいう形で死んだのは、僕に欲がなさ過ぎたせい。学生の頃も、社会に出てからも、僕はずっと、生活して行ける最低限のお金があればいいというレベルでフワフワしていたのです。前世の僕は、本当にお金に興味がなかったのです」
 
 冬司が頬杖をついて無表情に窓の外を眺めながら、教師の話を聴いている。
 その冬司に時折目を遣り、教師が話し続ける。
 
「そして、そういう無欲な人は、強欲な人に食べられてしまう。
 強欲な人は、その強欲を実現するために、途方もない努力をするのです。お金を、利益を得るために、恐ろしい程の思考を繰り返し、ありとあらゆる方法を検討した上で、これなら行けると思った方法を、徹底的に、洗練しながら、実践して行く。
 そして、利益を得るための方法の一つが、これは安直であり、しかし手堅くもあるのですが、無欲な人を安い給料で酷使することなのです。強欲な人は、それを徹底的に洗練された形でやる。無欲な人はどこにいるのか、無欲な人をどうやって自分の会社に連れてくるか、無欲な人の意識や思考回路はどういうものなのか、そこにどう働きかければ彼らを支配できるか、どうすれば彼らの反抗や逃亡を防げるか。こういうことを考え尽くし、策を練り上げた上で、無欲な人を徹底的に酷使するのです。周到な準備をして無欲な人を檻に追い込み、捕獲してしまう。
 一方で無欲な人は、何の努力もせず、何の思考もせず、自分が食べられてしまうという警戒心もない。ぽかーんとしています。だから、簡単に餌食になってしまう。安い給料で長い時間働かされ、最悪は過労死かパワハラ死してしまう、前世の僕のようにです」
 
「・・・・・間抜けなシマウマは食われるためにいる」と虚ろな瞳の颯太が独り言のように言う。
「うー・・・・・何、お前?・・・・・お前はライオンとかなの?」と優太が少し引いた顔でもそもそと言う。 
「シマウマには関係ないし、それはお前のことじゃない」と何も書かれていない黒板を見つめる颯太が冷たい口調で言う。
「うー・・・・・コイツ・・・・・すっごく嫌なヤツ」 と言い、顔をムッとさせる優太。
 
「ははははは、まあまあ・・・・・そう、それで、前世の僕にもっとお金に対する欲があれば、学生のうちから将来多くのお金を得るための勉強を、それは高い学歴を得るためかもしれないし、何か専門的な技術や能力を得るためかもしれませんが、そういう勉強をしたのだと思います。そして、前世の僕が最後に勤めていた、あんな給料の安い会社には見向きもしなかったはずです」
 
「・・・・・でも、そういう社長のような強欲は許されて良いものなのでしょうか?そういう強欲が社会をおかしくしていると言うか・・・・・」と文香が少し曇った表情で訊く。
 
「そうですねぇ・・・・・僕はあの社長を今でも許せませんが、彼の頭の中の強欲は認めざるを得ないと思います。それは、警察とかロボットがある人の頭の中の欲望をずっと見張っていて、一定の基準値を超えたら危険人物だといって更生させるだなんてことを許したら、誰もがその基準を作る人間に支配されてしまうからです。欲望以外についても同じですが、頭の中にあるものへの規制を許したら、社会はその基準を作る人間が一方的に、勝手にデザインしたものになってしまう。
 僕は、誰の頭の中も果てしなく自由であるべきで、社会は、人々それぞれが自由に考えたことと、それに基づく行動のぶつかり合いで形成されていくべきだと思うのです。それで出来上がる社会が無秩序で混沌としたものであっても、誰かが独善的にデザインした社会よりよほど良い、自由なのだと思います。だから、あの社長の頭の中の果てしない強欲も、それは彼の自由なのです」
 
「・・・・・それから、僕をパワハラ死させた会社の社長とは違うタイプなのですが、強欲な社長がお金を、利益を得るための方法として、例えば、これまでになかった革新的な商品やサービスを生み出すというやり方もあります。そして、その新しい商品やサービスが売れて会社が成功した場合に、その強欲な社長が多くの利益を得ると同時に、労働者にも高い給料を払うというケースもあるのです。それは、優秀な労働者をつなぎとめ、しっかりと働いてもらい、更に多くの利益を得るためです。そして、会社がどんどん成長して行けば、更に多くの労働者が必要となり、高い給料をもらえる労働者も増え、その社長もより多くの利益を得られます。彼を大成功させた原動力は強欲ですが、その強欲があったおかげで、高い給料を得られる労働者が社会に増える、それはとても素晴らしいことなのです。アトム社もこうしておけば、みんなハッピーだったのです。
 そして、その新しい商品やサービスで、私達の生活が便利になったり、楽しいものになります。最近で言えば、まあ、分かりやすい例ではAIでしょうか。AIに質問すれば学校の先生が言うようなことはそれなりに教えてくれるし、簡単に綺麗なイラストを作ってくれたりもします。そして、これから多くの利益が出ると見込まれています。
 誰かの強欲がなければ、これらのことは起こらなかった。だから、強欲自体は一概に悪いことではないのです」
 
「うーん、まあ、確かに一概には・・・・・」と言い、黒縁眼鏡の奥に少し悔しそうな瞳を浮かべる文香。
 
「ただ、現在の日本では、強欲な株主や社長に安い給料で酷使されている労働者があまりにも多いのです。しかし、今言った通り、強欲を規制すべきでないし、強欲な人は必要でもあります。そうすると、この問題を解決するには、労働者の全員がもっとお金に対する強い欲を持つことが必要だと、今は思っているんです」
 
 優太がしかめっ面をしてウェーブのかかった髪をかきながら、こっそり舌を出している。お金の話がよほど嫌いなのだろうか・・・・・
 
「極端な話、社会全体のパイが一定だとして、これを社会の構成員全員で・・・・・」
「うー・・・・・パイって・・・・・どういうこと?」と優太がのそのそと訊く。
「・・・・・お菓子のパイですが」
「それはわかる。社会全体のお菓子って・・・・・どういうこと?」
「ここでは社会の全体がビジネスで生み出すお金、社会のすべての会社が得た利益と支払った給料を足したお金です」
「なんでそんなでかいものが小さいパイ?」
「さあ?とにかく経済学でそういう例え方をするのです」
「うー、それ、変。絶対違う、変。」
「・・・・・ただの例えなんですからなんでもいいではないですか、それで社会全体のパイが・・・・・」
「うー、駄目、パイじゃ小さすぎる。それはウソ」と何やら楽しそうに優太が言う。
「・・・・・では何に例えろというのですか?」とイライラした声で訊く教師。
「うー・・・・・マンモス!あれは5トンくらい、ある」
「パラノ野郎!パイじゃなくてマンモス!パイじゃなくてマンモスぅぅぅぅぅ!」と突然鳥居が大声で言い、バーベルの上げ下げをするように腕を動かす。
 
 首を極限までかしげ、目を激しく細め、深いため息をついてから授業を続ける教師。
 
「・・・・・はい、では、再びマンモスの時代、大地はとても寒く氷河が広がったその時代、社会で獲れるマンモスの肉の量は一定で、これを社会のみんなで奪い合っているとしましょう。その中に、マンモスの肉に対する食欲の異常に大きい人が一人いて、その他の人達のマンモスの肉に対する食欲は小さいとします。そうすると、そのマンモスの肉に対する異常な食欲の、頭の中がマンモスで一杯の狂った人が、他の人を武器で威嚇したり、罠を張って遠ざけたりして、マンモスの肉を独占し、一人でほとんどを食べてしまいます。他の人はマンモスの肉に対する食欲が少ないので、武器で脅されると簡単にあきらめてしまいます」と投げやりに言う教師。
 
「うー、あんなでかいマンモスを一人で食べられるわけがない」と意地悪そうに優太が言う。
「パラノ野郎!わけないないない!わけがない!」と手のひらを左右にブンブン振りながら鳥居が大声で言う。
 
「・・・・・胃がメチャメチャに大きい底なしの食欲のヤツなのです」
「うー、あんなでかいマンモスを一人で食べられる胃があるわけがない」
「パラノ野郎!あるわけないないない!あるわけない!」
 
「・・・・・ところがマンモスの時代には巨人のようなメチャメチャな胃のヤツがいたのです」と声を荒らげる教師。
「うー、マンモスの時代にもどの時代にも巨人がいるわけない」
「パラノ野郎!いるわけないないない!いるわけない!」
 
「・・・・・ところがとにかく巨人が全部食べてしまったのです」と怒鳴る教師。
「うー、アトム先生は頭の中が自由すぎる、ついて行ける生徒がいるわけない」
「パラノ野郎!アンタには!ついて行けないぃぃぃぃぃ!」
 
「ところがとにかく何人かの巨人達がマンモスの肉を全部食べてしまったのです。あなたがマンモスとか言うからです」と怒鳴り散らす教師。
「マンモスはアトム先生が最初に言い出したこと」と優太が笑いながら言う。
「パラノ野郎!なんでマンモス!どうしてマンモスぅぅぅぅぅぅぅぅ!」と鳥居が茶髪のリーゼントを振り乱して怒号を上げる。
 
「・・・・・お前ら、これ、何の話だ?」と冬司が呆れ顔で言う。
「・・・・・僕にももうさっぱりわかりません・・・・・とにかく続けます。ただ、その異常の食欲の人以外の、普通の人達の食欲がもう少し大きかったらどうでしょうか?そうなれば、誰もが武器を持ち、そこには緊張関係が生まれ、普通の人達もマンモスの肉を十分に食べることができるのではないでしょうか?・・・・・はぁーっ、優太さんと鳥居さんが絡んでくるせいでさっぱりわからない話になってしまいましたが、要するに、労働者にもっとお金に対する欲があれば、社会全体のパイの労働者への分配、つまり労働者が得られるお金がもっと大きくなると言いたかったのです。そして、社会全体のパイの総量も増えるのではないか、思うのです」
「うー、小さなお菓子で巨人のお腹がふくれるわけがない」と優太が言う。
 
 眉間にしわを寄せて深いため息をつく教師と、いたずらっ子のように笑っている優太。
 教師が授業を続ける。
 
「もちろん現実には、同じ量の欲があっても、それを実現する能力が低い労働者と高い労働者とでは、実現される欲、得られるお金の額は違います。でも、欲がお金を得るための全ての始まり、根源なのです。能力がどれだけ高くても、欲がなければ稼げませんし、欲があれば能力も高まっていきます。だから、みなさんが社会に出て、貧しさに苦しまず生きていくためにまず必要なのは、お金に対する強い欲を持つことなのです」
 
「ふーんだ・・・・・カネ、カネ、カネって・・・・・俺、そういうの大嫌い・・・・・そんなの人の勝手・・・・・学校の先生が上から押し付けは・・・・・変」と馬鹿にしたような口調で優太が言う。
 

登場人物、目次(各話へのリンク)の紹介ページ

よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。