メンタル疾患で仕事を辞めた後の心の持ちようについて
うつ病や適応障害で仕事を失うのってキツいですよね。何だか社会から取り残されたみたいな気持ちになったりします。
でも心の持ちようで、この経験をプラスに変えることもできると感じています。
今日はそんな話。( ´ ▽ ` )ノ
逃がした魚は大きい?
うつや適応障害、発達障害などのメンタル疾患で仕事を辞めた人の前職って、結構いい会社だったり高級公務員だったりするよね。
対して今は無職だったり、前職よりかなり低待遇だったりするけど、これってどう捉えたらいいのかな?
自己を分析して、これからの適切な心の持ちようを探らないとね。
まずは自己分析
まずそういう企業や役所に入るだけの、学力や知識があることは間違いない。そして、面接という限られた場所でなら、自身を最大限表現できる。
しかしそもそも自分のパワーを適切に制御できない傾向があり、全力投球しやすく、実力以上に頑張ろうとする。結果、長く働くうちに燃え尽きてしまいやすい。
さらに学生時代はほぼ個人プレーで生きて来れたのが、社会では団体行動を求められるようになる。短時間なら相手に合わせるよう自分を取り繕うことはできるが、コミュニケーションの度に脳に多大な負荷がかかり、ストレスが蓄積してくる。
結果人間関係で苦しみ、本来の自分でいることができなくなる。
軽い自己分析としてはこんなところか。
心の持ちようについて
さてここからは、心の持ちようについて考える。
まず思うのが「もったいない」かな。あと「不甲斐ない」。「あの時もっとこうしていれば」ってのもあるだろうな。「自分はダメな人間だ」とも。
まずダメな人間かというと、そんなことはないだろう。それだけの企業や団体に入れるだけの能力を持ってるんだから。
次に不甲斐ないと、もったいない。
多分前職は自分に合ってなかったと言えるだろう。それは本来の自分でいられなかったことから間違いない。だから不甲斐なくない。もったいなくない。
「あの時こうしていれば」ってのは意味がない。後からなら何とだって言えるんだから。当時は自分なりに一生懸命頑張ってたんだから。
だから今やるべきは、当時の自分を責めることじゃなく、抱きしめること。ありのままの自分を理解して、受け入れること。自分らしく楽しめる生き方を、考え直すこと。
もしかして必要なプロセスだったのかも?
むしろ僕らは、長いスパンを通じてやっと自分を知れたんじゃないかな。一見無駄に思え、残念で屈辱的なプロセスに感じても、実は必要なプロセスだったのかも知れない。それだけ僕らは、単純なようで単純じゃないんだよ。
これから先もいろいろあるだろうけど、本来の自分を意識して生きていきたいな。
自分を知ろう。自分を完成させよう。
今日は以上です。
ありがとうございます!ヾ(^▽^)ノ
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