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微苦笑問題の哲学漫才11:ルソー編

 微苦:ども、微苦笑問題です。
 微:今回はジュネーブに生まれ、フランスで活躍したジャン=ジャック・ルソー(1712~78年)です。
 苦:ああ、あの女癖の悪い奴だな。
 微:身も蓋もないツッコミですね。父は時計職人、母はルソー出産後8日で死去します。
 苦:「私の女癖の悪さは幼い頃に母に死に別れたことがトラウマとなって引き起こされた病気であり、私自身が病気の被害者なんです」と陪審員裁判でアピールしたそうです。
 微:それはマイケル=ダグラスが裁判所に出した「××××がガマンできない病」診断書の話だろ! その原因は父で「不倫王」カーク=ダグラス! 確かに、年上の女性が好きだったのも事実です。
 苦:昭和話だが、徳之島にいた日本最高齢で120歳の泉重千代さんが、バカな新人女子アナウンサーに「どんな女性が好きですか?」と質問され、「・・・年上の女」と答えた場面を思い出しちまったぞ。
 微:また、言葉はひどいですが、1745年から10年間の愛人だった女中テレーズを性欲の捌け口に使い、5人の子どもを生ませ、全員孤児院に捨てるという二面性も不幸な幼年時代が原因なのでしょうか。
 苦:そいつが教育書『エミール』を書くんだからな。あ、でも子どもは無垢だから教育という人為的な操作をしてはならないと訴えているから、一貫してるな。
 微:ジュネーヴ時代に時間を戻しますと、1725年に父と兄が家を出てしまい、ルソーは牧師に預けられました。それから彫金工に弟子入りするものの、3年後に出奔し、放浪生活を送っています。
 苦:「ジュネーヴの裸の大将」と呼ばれたそうです。
 微:山下清だろ、それは! 1732年にジュネーブを離れ、ヴィラン男爵夫人の愛人となり、彼女の援助で様々な教育を受けました。この時期を「生涯でもっとも幸福な時期」とルソー自身が回想しています。
 苦:「ジュネーヴ出身のペタジーニ」と呼ばれたそうです。
 微:オレたちはストリークじゃねえよ! まあ、私生活における極度のマゾヒズムや露出癖といった性的倒錯、知的障害者に性的虐待を行い妊娠させ次々に捨てた話などを、堂々と著書『告白』などで赤裸々に具体的に語っています。
 苦:前回やったサイエントロジーの話も霞んでしまうな。
 微:やはりキリスト教世界の告白文化というか文学の伝統の厚みは凄いです。
 苦:露悪趣味を通り越して露出狂だったりして。いやあ、あちらの『告白』はレベルが高いな。アウグスティヌスも学校での三角木馬の拷問の話を書いていたし、肉欲の虜になったことも告白していたし。
 微:告解の文化圏ということで。
 苦:まあ、一週間に一回、告解すれば「チャラ」になるキリスト教世界ならではだな。
 微:お前、ローマ教皇からアンチ=キリストと名指しされるぞ! ルソーはそういう一面も確かにありますが、哲学者・政治思想家・教育思想家にして作家・作曲家でもあります。
 苦:音楽的才能と人間的徳の不一致は『アマデウス』で常識化した面もあるけどな。
 微:しかも理論にとどまらない、繊細で多感さを反映した著作は広く読まれ、フランス革命にも、それ以降の社会思想にも多大な影響を及ぼしました。
 苦:『エミール』なんてどの面下げて書いていたんか、想像すらできない。
 微:私生活の評価と創造物の評価は別物です。実際、ルソーに影響を受けた人物は多く、有名どころでは、まずは超越論哲学というか、ドイツ観念論哲学の祖イマニュエル・カントです。
 苦:ああ、近所の人の時計の狂いを直すために定時に散歩したおっさんか。
 微:逆で、あまりに規則正しい人なので、近所の人が散歩するカントを見て時計の針を調節したの! ある日、カントはルソーの『エミール』に読み耽ってしまい、いつもの散歩を忘れてしまったんです。
 苦:そのため、ルソーは近所の人たちから時刻を訂正できなかったと、損害賠償を請求されたそうです。
 微:マクドナルドのコーヒー訴訟かよ! それにルソーはその頃、とっくに死んでるよ! 
 苦:まあ、今生きていたらSNSで暴露されて「#ゲス不倫男ルソー」が立つわな。
 微:でもカントは『美と崇高の感情に関する観察』への覚書で「わたしの誤りをルソーが正してくれた。目をくらます優越感は消えうせ、わたしは人間を尊敬することを学ぶ」とまで述べています。
 苦:まるで上祐から尊師への手紙だな。
 微:次に、帝政ロシアの大作家レフ・トルストイは青年期にルソーを愛読し、生涯その影響を受けいて、地主でもあったトルストイの生活と作品には「自然に帰れ」の思想が反映しています。
 苦:妻の性欲に怖れをなして無人の駅舎で死んだくせに。自分こそ、妻の元に帰れよな。
 微:キミもね。そして「東洋のルソー」中江兆民です。日本にルソーの思想を紹介するため、『社会契約論』の抄訳『民約訳解』を1882年に出版し、自由民権運動に大きな影響を与えました。
 苦:「スイスの中江兆民」と紹介されたらルソーも嫌だっただろうな。
 微:童謡「むすんでひらいて」もルソーの作品で、作曲家ルソーは1742年に新しい記譜法を発表し、それを元手にパリに出いきます。そこでディドロら知遇を得て、『百科全書』に原稿を執筆しています。
 苦:ヴィラン男爵夫人の尽くすさまが目に浮かぶな。
 微:1750年にディジョンのアカデミー懸賞論文に『学問芸術論』が入選し、ルソーの不遇状態は一変します。
 苦:18世紀のM1優勝者と言われたそうです。
 微:まあ、近いかも。以後の活躍は凄まじく、1761年の書簡体の恋愛小説『新エロイーズ』はベストセラーになり、その翌年、本題の『社会契約論』が発表されます。以下、暴露話は停止しますね。
 苦:ここまで下ネタやスキャンダルを書きまくって、よく言うよな。
 微:スペースは残り少ないし、正直なところ不勉強ですから。ルソーが画期的だったのは、はこの君主主権の観念を転用し、人民にこそ主権が存すると言う「人民主権」の概念を打ち立てたことにあります。
 苦:北朝鮮は、正式国号は朝鮮民主主義人民共和国だが、君主政だぞ。ルソーとボシュエのコラボか?
 微:世界史業界では「金氏朝鮮」と言われてもいますが、朝鮮労働党代表者会議を経ています。一応は人民主権というか民主主義の外套はまとっていますんで、やばいツッコミはこれくらいでね。
 苦:その点、隣の国は「民主主義」を名乗らないなど、キッパリしてるね。
 微:もういいよ! ルソーは人間の本性を自由意思を持つものと考え、「自然状態」を各個人が独立した存在として自己の欲求を充足させるために行動していると想定します。
 苦:「ぼっち席」「お一人様席」の常連だと。
 微:はい。基本的に単独ですが、個人で解決不能な障害が発生した時には協力関係を持つと考えました。
 苦:ポケモンで通信対戦したい時だけ待ち合わせするトレーナーのようなもんだな。
 微:ですから社会契約の枠組みに従って国家が正当化されるためには、人間の自由な意思が保障されていなければいません。
 苦:重要事項説明も必須だったんだろか。しかも契約約款は読めないように小さい字で。
 微:個人のために国家が存在するとの国家論=人民主権論に転じます。そして人民主権体制において示される国家意思をルソーは「一般意思」と呼びました。
 苦:"general"だからな、普遍的に近い意味だよな、本来は。
 微:そうです。ルソーは、一般意思は二つの顔を持つ、世論としての顔ですが、表明者たる国民がすべて理性的な存在ではあり得ないことも事実です。
 苦:それも今の日本を見ても、中国を見ても、アメリカを見てもわかるな。
 微:もう一つの一般意思の顔は、人類に文明や進歩をもたらす真理で、これは制定したり多数決で決まるものではありません。
 苦:なるほど、それでロベスピエールが台頭したわけか。
 微:中世の慣習法と同じで、発見・合意する形式で成立する人民の意思です。衆議を通して、ルソーの言葉を使うと「非常の人である立法者」だけが発見できるものです。
 苦:教授会の原案が一人の教授の反対でひっくり返ることがあるが、あれだな。
 微:要するに一般意思とは「世論の支持を得た人類に進歩をもたらす普遍的真理」でしょうか。立法者は人民の指導者なんですが、非常時にしか現れないんです。
 苦:なんか「グル」みたいな響きだな。
 微:その一般意思を具体化するためには多くの実際的問題があります。スイスのカントン集会のような小規模な政治単位なら直接民主政を採用できますが、フランスは比べものにならない大きさです。
 苦:お互い顔見知りでないと、本音も言えないしな。舞い上がる人もいるだろうし。
 微:議会制民主主義という間接民主政しか大きな国では不可能です。ですが「人民の代表者」である議員は自己利害という「特殊意思」を持ち、さらに議会政治は妥協を通して運営されますから、議会としての利害も混入した「全体意思」が形成されます。
 苦:日本の「一票の価値の格差」へのその場しのぎ対応を見れば一目瞭然だな。
 微:特殊意思・全体意思が国家の一般意思と一致することは、まず不可能でしょう。
 苦:生々しく理解できるな、悲しいけど。
 微:さらに人民主権の立場からすれば、官僚というか役人の位置づけも変わってきます。
 苦:これも悲しいが今の日本なら痛切にわかるわ。
 微:絶対王政下なら「国王の命令を伝達・執行・強制する存在」でよかったわけですが、「国民に奉仕する無私の官僚」「共和政を命を賭けて守る官僚」なんて、すぐには調達も育成もできません。
 苦:国民の財産である公文書すら出さない、説明しないことを説明責任と恥ずかしげもなく言うし。
 微:ですが、主権者人民の一般意思として示された世論を強制する役人は、どの革命の歴史を見てもわかるように必要なのです。
 苦:ということは、人材派遣で中央省庁からぼったくっているパソナが噛むと余計だな。
 微:それも問題なんですが、ルソーが小規模政治単位における直接民主政を理想化した理由もそこにあります。
 苦:役人、官僚の問題は汚職や天下りだけじゃないのか?
 微:官僚は自己の理想・利害という「個別意思」を持ち、同時に省庁としての省益と言い換えてもいい「団体意思」を持ちます。官僚たちの個別意思・団体意思が一般意思と合致する保障もありません。
 苦:今の日本の中央官庁を見ていたら、よおーくわかるよな。ダムとか、メタボ検診利権とか。
 微:ですが、直接民主政には問題がないわけではありません。主権者たる人民は知的にも財産的にも道徳的にも千差万別ですし、それ以上に常に冷静な判断ができる保障もありません。
 苦:確かに。一票の価値も有権者のレベルに応じて0.1~2.0までランク化してもいいと思う。
 微:人民の過半数が支持した決定が理性的で進歩をもたらす「一般意思」だという保障がないのです。
 苦:世論の信頼の置けなさは、最近の日本やアメリカの政権支持率を見てもよくわかるよな。
 微:これに日本の最近の「クレーマー」「給食費を払うことを拒否する保護者」を思い出してください。
 苦:いきなりリアルな例が出てきたな。
 微:主権者としてふさわしい自立した市民とは、自分たちを正しい方向へ指導してくれる人材を見出す能力」を持つ市民であり、逆説的ですが「自分たちの代表が決めた、自分たちを規制する法に、自ら従う良き臣民」なのです。
 苦:自分に不都合でも理性的に判断して従える者こそ、公民であり保護者だと。
 微:それが自治なのであり、自立と自治なくして共和政はありません。
 苦:「自分だけ楽して儲けよう」「権利は主張するが義務は一切回避しようとする」人間はいつの時代にも一定の幅を持って存在するよな。
 微:そこでルソーは人民に法を与える「立法者」を導入したんです。彼こそ正義を実践し、正しい意味での一般意思かどうかを判定できる「非常の人」です。
 苦:それで非常時の人と呼んだのか。
 微:ですが、一般意思をめぐり、立法者は「革命の指導者」「国民の英雄」「独裁者」として人民に君臨するようになるという矛盾まで生じるんです。平等を求めた諸革命の歴史が独裁者の歴史となる理由がここにあります。
 苦:指導者が無能だったりコロコロ変わっても混乱しないことを日本の成熟として言祝ぐか。
 微:はい、おっしゃる通りです。指導者が次々とギロチンに掛けられる国、思いつきが一般意思としてごり押しされる国、無学な妻が何十もの博士号をもらえる国より遙かに平和です。
 苦:ところで、日本の首相が一年もたないのは合成保存料が無添加なのか?(♪チャンチャン)

作者の補足と言い訳
 憐れみの心とは不寛容というコインの片面であることを具体的に示す好例がルソーとフランス革命でしょう。否、相反するものが一つになっていることが爆発的な拡大や発展の原動力であることは、イエスを筆頭とする教祖に不可欠な条件だと言っていいでしょう。まあ、こんなことを書いているのも、今『祝福王』(たかもちげん、メディアファクトリー社)を読んでいるからかもしれませんが。
 授業で力点を置いているのは当然ながら一般意志ですが、これを説明するのはけっこう難しいです。ですが、補助線として中世の慣習法、グロティウスの自然法を導入すれば、「明文化されていないが、みんなが納得できる正義」「人間が制定するのではなく、発見するこのであり、発見することは納得することであり、納得することは従うことである」と説明すれば、かなり理解は容易になるはずです。さらに自発的活動である部活動と部長(主将)の関係の理解、そこからさらに「誰にでも発見できるものではないので、発見できる者が指導者に、ヘタしたら独裁者になる」と展開すればフランス革命からロシア革命、中華人民共和国までの「革命と独裁者」の不可分の関係まで説明できます。またルソーの言う「一般意志と人民」の関係を切断して独り立ちさせれば、ヘーゲルの世界精神(絶対精神)までわずかです。直接民主制の問題は、やはりサイズと危機感の問題でしょう。ですが、住民自治や住民投票が議会で否決されている現状が日本では放置されています。直接民主制はダメであることを子どものうちから体感させるのが文科省の目標なら、日本の学校の生徒会活動の停滞、立候補前の段階でフィルタリングされている現状は、それが珍しく達成されていることを示しています。

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