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②賢王?邪王?アルスター王コンホヴァル誕生の物語

アイルランド伝承「コンホヴァルの誕生」のガバ訳です。今回はバージョンBの翻訳となります。

アイルランド伝承に限らずですが、伝説は世代を越え伝わっていくうちに、登場人物や細かな設定が変化したり、展開が変わることも珍しくありません。それらが各々書き残された結果、一つの物語に複数のバージョンが存在する、という状態になったのです。

今回翻訳した「コンホヴァルの誕生」バージョンBは、大筋はバージョンAと大差ないものの、本来アルスター伝説とは時代違いなはずのフェニアン騎士が出てきたり、コンホヴァルの血縁上の父親が変わっていたりします。バージョンごとの違いを楽しんでみてください。

誤訳指摘していただけると土下座して喜びます。

元文はこちら


The Conception of Conchobar
Compert Conchobuir
コンホヴァルの誕生(バージョンB)
15世紀の写本Stowe 992より


昔々アルスターに、エオフ・サールブデ・マク・ロイヒと呼ばれる王がおりました。

ある時、彼に娘が産まれます。エオフ・サールブデの娘はネスと名付けられ、12人の教師が彼女を養育しました。

彼女の最初の名前は「アッサ」といいました。行儀が良く、教育しやすい子だったからです。


ある時、とあるフェニアンの騎士が、9人の男たち3組と共にアルスターの南方からエリンを通り、フェニアン遠征へと向かいました。

その騎士の名は、著名なドルイド、カスバズといいました。

男は偉大な知識とドルイドの技能、身体の強さを備えていました。彼はアルスターの出身ですが、そこを不在にしていたのです。


さて、カスバズは9人の男たち3組と共に、荒地へ立ち入りました。

彼らはそこで疲れ切るまで戦い、やっとのことで盟約を結びます。彼らは同等数の仲間を抱えていたため、そうしなければ共倒れになってしまうからです。

それからカスバズは、自分の部下と、別のフェニアンの騎士とその仲間たちと共にアルスターへ侵入しました。そして、一軒家に集まってごちそうを食べていた乙女の12人の教師たちを、皆殺しにしてしまったのです。

少女以外に逃げ出せた者は一人もおらず、誰が彼らを皆殺しにしたのか、知られることはありませんでした。


それから、少女は泣き叫びながら父親のもとへ行きました。

父親は彼女に言いました。復讐は不可能だ、誰が彼らを皆殺しにしたのか分からないのだから、と。

少女は激怒し、怒りに震えました。

それから、彼女は教師たちの復讐をすべく、9人の男たち3組と共にフェニアン遠征へ向かいました。

彼女はあらゆる地域で略奪し、破壊の限りを尽くしました。

これまで彼女の名はアッサと言いました。穏やかな子だったからです。

しかしそれから、彼女の名は「Nihassa」となりました。彼女の偉大な勇気と、武勇を讃えて。

彼女の習慣は、出会ったよそ者全員にフェニアン騎士の情報を尋ねることでした。虐殺者の名を調べるためです。


ある時、彼女は荒地にいました。そこで彼女の家来たちは、食事の準備をしていました。

彼女はあらゆる荒地を探索するのを常としていましたから、たった一人で、ひと足先に荒地の探索へと向かってしまいました。

すると彼女は、荒地の真ん中に澄み切った美しい泉があるのを見つけました。

彼女は水浴びすべく泉へ入りました。地面に武器と衣服を置きっぱなしにして。

そこに、ちょうど同じく荒地を探索していたカスバズがやってきて、入浴中の乙女がいる泉にたどり着いてしまいました。

カスバズは乙女と、武器と衣服の間に割り入り、乙女の頭上に剣を突き付けました。

「どうか私を見逃して」

乙女は泣いて言いました。

「3つの条件を聞き入れるなら」

カスバズは言いました。

「あなた様の条件を受けます」

乙女は言いました。

「断固とした意思を持って伝えよう」

カスバズは言いました。

「そなたは我が庇護下にいなければならない。我らとの間に平和を誓わねばならない。生きている限り、そなたは我が唯一の妻でなければならない」

「あなた様に殺されるよりずっとマシです。私の武器は、もう消え失せました」

乙女は言いました。

こうして、彼らと家来たちは、一つのもとに団結したのです。

ちょうどよい頃合いになって、カスバズはアルスターに出向き乙女の父親と対面しました。彼はカスバズを歓迎し、土地を与えました。Crich Roisのコンホヴァルと呼ばれる川の近く、ピクト人の国にあるRaith Cathbaidという土地です。


さてある夜のこと、カスバズは喉の激しい渇きに襲われました。

ネスはカスバズのため、飲み物を探そうと要塞全体を歩き回りましたが、飲み物を見つけることはできませんでした。

そこで彼女はコンホヴァル川へ行き、川の水を彼女のベールで濾してから杯に入れ、カスバズに持って行ってやりました。

「明かりを灯すのだ」

カスバズは言いました。

「水がよく見えるようにな」

水の中には、2匹の虫がいました。

カスバズは彼女を殺すつもりで、彼女の頭に剣を突きつけました。

「飲むんだ、さあ」

カスバズは言いました。

「さあ飲むのだ。飲まねば殺されてしまうぞ」

女は水を2回飲み、それぞれ1匹ずつ虫を飲み下しました。

女は、全ての女が子を孕むのと同じくらい長い間、腹を膨らませました。彼女が妊娠したのは、2匹の虫によるものだとしばしば言われます*1。

しかし、ファフトナ・ファサッハは未婚の情夫でした。彼は高貴なドルイド・カスバズの代わりに、この妊娠をもたらしたのです。


さて、カスバズはあるとき、Rudraigeの息子ファフトナ・ファサッハ王と話をするため、Mag Inisにやってきました。

すると、旅の途中で出産の激痛が彼女を襲いました。

「これがそなたの力か」

カスバズは言いました。

「妻よ、明日になるまで子を子宮から出してはならない。そなたの子はアルスターの王、いやエリン全ての王になり、その名はエリンで永遠に刻まれるであろう。栄光と力が世界中に伝播する、高名な子供と同じ日に産まれるのだ。すなわちイエス・キリスト、永遠の神の子と同じ日に」

「そのようにします」

ネスは言いました。

「私の奥から出てこぬ限り、時が来るまで他の方法で出ることはないでしょう」

ネスはコンホヴァル川そばの草地へ行き、水辺にあった敷石の上に座りました。

そうして、出産の激痛が彼女に襲いかかりました。

カスバズはコンホヴァルの誕生を予言する、このような詩を語りました。


おおネスよ、そなたは危険の中にある。
出産の時は皆を立ち上がらせよう、
そなたを宥めるための…ではない。
美しきはそなたの両手の色、
おお、エオフ・ブデの娘よ。
ああ妻よ、悲しんではならぬ、
数百人の軍勢の頭が
そなたの息子のものになるだろう。

時を同じくして現れる
世界の王と、かの子供。
誰もが彼を讃えよう
審判の日まで、永遠に。
同じ夜に彼は産まれ、
英雄たちも逆らえまい、
彼は人質になりはしない、
彼とキリストその人は。

そなたはイニスの平原で彼を抱く。
草原の石の上で彼を抱く。
彼の物語は輝かしく、
彼は恵みの王となり、
彼はアルスターの猛犬となり
騎士の契りを交わすだろう。
災いは恥辱となろう
彼が倒れる…の時

かの者の名はコンホヴァル、
誰もが彼をそう呼ぼう。
彼の武器は赤く染まり、
多くの道で優るだろう。
そこに彼は死を見出す、
卑しき神を討つ場所で。
鮮やかなるは剣の軌跡
ライムの斜面をも越えるだろう。

彼はカスバズの子であらず、
美しく盛んなその男。
それでも彼は我が寵愛を受ける
なぜなら…が私にとって有用ゆえ。
彼はファフトナ・ファサッハの子となろう、
スカーサハが知るように、
彼は何度も人質を奪う
北のほうから南から。


それから、乙女は子宮にいた子供を産みました。すなわち、高名で輝かしい子と、名声がエリンを超え広がることの約束された息子が誕生したのです。彼が産まれた石は、遺物として未だ残されています。すなわち、Airgdigの西に。

かようにして男の子は産まれました。両手の中にある虫と共に。

それからすぐ、彼はコンホヴァル川に真っ逆さまに落ちたものですから、カスバズが捕まえるまで、川は彼の背中を覆っていました。そのようなわけで、彼は川の名にちなみこう呼ばれたのです。すなわち、コンホヴァル・マク・ファフトナと。

カスバズは男の子を懐に抱き、感謝し、予言を伝えました。それはこのような歌でした。


やってきた見知らぬお前を歓迎しよう、
彼らがお前に伝えたように、
彼は慈悲深き主となろう、
高貴なカスバズの息子よ。

高貴なるカスバズの息子、
強きネスの息子よ、
…の上
我が息子と我が孫よ。

我が息子と我が孫は、
…の世界に光を添える
彼は恵みの王となるだろう、
正しき詩人となるだろう。

彼は正しき詩人となるだろう、
海を越える戦士の長となるだろう、
我が最愛の鳥は…から
我が子猫、我が主人よ。


その少年はカスバズに育てられました。それゆえ、カスバズの息子コンホヴァルと呼ばれたのです。

その後コンホヴァルは、父と母の当然の権利により、アルスターの仮の王となりました。カスバズの代わりにコンホヴァルをもうけた男、Rudraigeの息子ファフトナ・ファサッハ、エリンの王が彼の父親なのですから。

それから彼は、勇猛な強さとカスバズのドルイドの知識によって、ForgarachとIlgarachの戦いで勝利を得、アルスター地方で起きたクアルンゲの牛獲りでも、アリルとメイヴに勝利したのです。

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*1 : この出来事を引き起こした力は、二頭の牛が飲み込んだ二匹の虫にも同様に発生した。そうして産まれた有名な牛が、ドン・クアルンゲと呼ばれる雄牛と、フィンドヴェナハ・アイと呼ばれる雌牛である。


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