silent
「天気」って、
きっと多くの人が毎日気になるもの。
少なくとも自分は気になる。
「その人」は、そんな天気のような、
とても大切で、気になる存在だ。
ボクは「その人」に一度も会ったことはない。
自分はその人の顔や容姿、性格を知っているけど、「その人」はボクのことをよく知らない。
何度も夢にまで登場する「その人」も、見たことも会ったこともないボクの存在を知ってくれているけど、きっとボクのことなんて、全く、何とも思っていないだろう。
ボクは、ズルい。
友達や後輩は何回か「その人」に会っているけど、ボクは会うことを躊躇ってきたんだ。
理由はひとつ。
周りのみんなが思うボクの代名詞は「元気」。
みんなが疲れて無口でも、
自分だけは何故か元気だから。
でも、元気じゃない時だってある。
元気じゃない時も
そう見せていないだけで、
生きていれば
常に元気!常にポジティブ!って
わけにはいかない日だってある。
ボクは、その人の思いを知った時に、
一気に元気ではなくなった。
なぜなら、その人にとってボクは、
大勢いる中の一人で、
いなくても気付かないだろうと思ったから。
ボクは、「その人」に未来を見ていたけど、
自分が実際に見なければいけなかったのは、
「今」で、「その人」はきっとそれを負担に感じていたのかもしれない。
ボクは、本心では今でも「その人」に会いたいと思っている。でも、一生会うことができない人だとも思っている。なぜならボクは、「その人」の夢や自由を邪魔することができないから。
ボクは「その人」を大切に思ってきた。
これからも、その気持ちは変わらないけど、
今も場所としての距離は近くにいるけれど、
心の距離が遠い「その人」に会うことはないんだろうな。
ボクにとっては、高嶺の花だから。
これが、ボクが「その人」に会うことを
躊躇ってきた理由。
そして、会ったら「その人」という夢が消えてなくなりそうで、恐かったからだ。会うことで、それが非現実的なものだったと思いたくなかった。
もちろん夢話ではなく実在する人なのだけれど、会ったら消えて無くなってしまうような、そんなシャボン玉のような、とても繊細でもあるその人に、ありのままの自分として会うことや、
名乗った上で本当の自分の姿を見せることは、
この先一生ないと思っている。
でも、「縁」というものがまだ存在するのなら、人と人との繋がりを信じて、大切に思い続ける。
それが自分にとって大切なことであり、
自分の生きる「価値」だから。
ボクは、その人の幸せを世界一祈っているし、一生願っていくだろう。
ただ、その人にとってボクの声は、
静かで聴こえない心の声のままだと思う。
(2023.02.11最終作成)