コミケの戦利品を紹介していく2 C101
前回の夏コミは東館から入場するために、東側にある広い駐車場でずっと待っていたのですが、入場する途中で雨がやってきて、危うく濡れ鼠になる手前ではいることが出来ました。
今回は西館から入場したのですが、こういった場所に入るのは初めてで、屋根のある場所で入場待ちをするというのはとても楽でした。それほど寒くないし。
入場者が制限されていたから、こういった形で館内に誘導できたのでしょうけれど、数年前の動員数だったら、キャパオーバーだったでしょう。
しかし、今回の入場者の数は前回でも述べたとおり、チケットが余ったという話があり、今後もこういう形で入場者を誘導するようになるかもと思いました。館内で待っていられるなら、ホントに楽ですし、トイレもすぐそばだし、自販機もあるんで東で待つよりも快適です。
全4巻を以て完結したはずのコミケ童話だったが、TLに新作が現れた。作者は動画なども配信したりなど、様々な方面で活動している様子。本人に聞いてみると、コミケ童話のネタはたくさんあるらしくて、編集と話をしているとのこと。
桃太郎というおとぎ話は日本人だったら、だいたいの人が伝え聞いている話だけれど、原作者が不明で主なあらすじは川から流れてきたデカい桃を拾って切ってみたら、赤ちゃんが入っており、すくすくと育って鬼ヶ島に犬、キジ、サルのお供を連れて、鬼を退治して宝物を持って帰る。
しかし、物語として考えてみると、そもそも桃から生まれた人間が果たして人間なのか、イヌ、キジ、サルとなぜ話が出来るのか。どうして、鬼を退治できる程強かったのか。など、突っ込もうとすればいくらでも突っ込めるレンコンの穴のような物語だ。
作者のおのでらさんはこういった不可解な点を挙げだして、それを解消するようにつじつまの合う新説桃太郎を描いた。
物語を考えるに至って「そもそも」が生まれることで、空想は枝葉を伸ばしていく。もしかしたら、こうだったかもしれないと想像を膨らませていくことは、今のところ人類にしか出来ない芸当だ。そして、この想像こそが人類の文明を発展させてきた。ここにないものを想像が付け足してやがて血が通い肉が付いていく。
噂話で笑ったり、怒ったり出来る大衆も想像力を持っている。みんな、創作者の素質を持っているんだ。
わかってはいるでしょうが、これは公式な水木しげる先生の作品では無く、イタコマンガ家と称する作家達が水木しげるタッチのファンアート合同誌。ここのイタコマンガ家達の合同誌はしばらく前から続いているけれど、とにかくクオリティがメチャクチャ高い。水木御大のたましいが筆に宿ったかのようだ。
水木御大がおそらくやらないであろうネタのオンパレード、昔の掲載された雑誌の写植まで再現する徹底ぶり。点描によるテクスチャとえば、水木しげる先生のアイデンティティーのようなもの。こういう本はまず商業ではお目にかかれないだろうし、ここでしか多分売れないだろう。ここはマンガの好事家が集まってくる場所。日本に妖怪マンガを開拓し、一つのジャンルを築き得た御大の陰の輪郭をそっくり振る舞いながら、実像は作家としての本領を魅せていく妙技。
どれもこれもがあらすじにするだけでも面白い作品ばかり。これも、鬼太郎という作品に対する愛情のなせること。おそらくは数年後に鬼太郎の新しいシリーズがきっと現れる。ねこ娘の変遷によっては鬼太郎というジャンルはまた熱くなるだろう。
コミケではおよそ1日当たり約10000サークルが参加しているけれど、そのなかで頒布物の制作が間に合わなくて、落としてしまったところもいくつかある。印刷所に送る〆切が間に合わなくて、ごめんなさいで済ませてしまうのが常であるが、ギリギリまで特別料金で引き受けてくれる印刷所が存在する。
しかし、作家はギリギリまで描ききれるかわからない生き物だ。残り1日で20ページを収めきれるのか? 商業でも同じようなことを時々目にする。
今回、このスペースで少し話を聞いたところ、デッドラインが12/29で頒布したのが31日だったとのこと。中身はセリフの吹き出しや最近目立ってきたAIに描かせたりと、知恵を絞り尽くして、埋め切った本文。ちょっと寝たつもりが、入稿当日4:37に起床。1ページ20分で進めなくては。タイトルのあと30分で〆切は、本当のことだった。最後のコマには「がんばり」ではなく「くおりてぃ」にお金を払いたい。ごもっとも。
自分はこの今にも消えてしまいそうなロウソクの炎の燃えさかりにお金を出しました。
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