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攻撃性からの自由

人は自分達の中にある攻撃性との葛藤を繰り返してきた。その積み重ねが歴史を形作ってきた側面はある。そんなことを、最近ようやく読み始めたサピエンス全史を読みながら思った。

攻撃性に囚われると、身体にも変化がある。今日、自分にもそういう現象が起きた。具体的に書くと、夕食中、母に対して妙に意固地になっている自分に気付き、身体を観察すると、肩が前に出たり、首回りの筋肉が硬くなったり、呼吸が浅くなったりしていた。感情と言うと、目に見えないイメージがあるが、感覚的にはっきり知覚可能な変化がかなり伴っている。

緊張を自覚したら呼吸だ。鼻から吸って、口から吐く。今のシステマ東京オンラインクラスでは呼吸に特化した内容だ。それに参加した後だったおかげか、硬くなっているところがいつもより感じやすかった。呼吸を全身に通すイメージで練習すると、温かくなり、身体の内側から緩むような感覚がじんわりと出てきた。

呼吸をした後は母に対する攻撃性がどこかに行ってしまい、張り詰めた空気もなくなった。心なしか、食事と会話がいつもより楽しめたような気がする。

私は外の世界に対し、脳内で一人相撲をしてしまうことが未だにある。引きこもりのライフスタイルを続けると、そういう働きが生まれやすい。相手が自分に何かをしてきたらどうしよう、と創造を膨らませ、無意識にファイティングポーズを取り、それが心身の緊張として表面化する。

これは私個人の問題だが、世界情勢などを見ていると、こういう緊張の蓄積が集団生活にも大きな影響を与えていると感じることが多い。これを主義・主張の問題だと捉えると、対立構造がますます強化される。

小さな攻撃性の芽生えに気付いたら、呼吸で初期消火する。呼吸を深め、体力をつけ、攻撃性に頼らなくても快適な身体になっていく。

システマはそのような心身を養うための「杖」として、自分の支えになっている。平和への道が、ロシアの軍隊ルーツの武術の中にあるというのは興味深い。

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