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「正しいこと」って正しい?- エッセイゆらぎ(9)
(小説)ゆらぎ- あまりにもあいまいな - もうひとつの「三池争議」-前/後編全文から後編より
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15.自己と他者/ スピリチュアルの師との対話(その一)
スピリチュアルの師と呼べる人が2人いる。
このこと自体「奇跡」と言っていい!
そのうちのひとり、Mさんは、reikiの治療師。最初は、企業内組合執行部のJさんに紹介された。Jさんの他にも組合員の数人がMさんのところに通っていた。
乳癌のJさんに「這ってでも出社するように」強要した共産党系労組の方針に反対し、ひとりで裁判提訴してからは、職場内で孤立しないという巧の戦略も確かにあったが、Mさんとの交流は、実際には、それ以上の親密さになっていった。
末期癌の患者たちが最後の拠り所としてMさんを頼ってきた。Jさんも、そのひとりだった。Mさんのreiki治療を受けた後、「自分がこんなに元気なんだって思えるんだぁ。」とJさんが言っていた。
某新興宗教の幹部でもあるMさんだったが、わたしたちには全く勧誘はなかった。
余命1年と言われた患者が、Mさんの治療で、2年、3年と延命すると、Mさんは「神様!」と言われるが、逆の場合には「人殺し!」と罵られる。
Mさん自身も、大変な人生で、詳しくは書けないが、親族の大事件が起きた時、巧はちょうどMさんのreiki治療を受けていて傍にいた。親戚からの電話に、Mさんは暫く放心状態だった。その場にいた巧には、その電話の内容を伝えた。確かに、悲惨な内容だった。
それ以降、Mさんは誰ひとり、そのことを話さなかった。巧も誰にも話さなかった、Jさん以外には。スピリチュアルで、それなりのひとというのは、こういう想像を絶する体験をすることがあるのかもしれない。
Mさんは、共産党系労働組合の活動家たちと対立して離脱して、原則的労働運動をする巧と、共産党系労働組合のメンバーとの間をつなぐ役目を果たしてくれた。
だから、両方の意見を聞き、状況を知り尽くしている。その上での巧とMさんとの対話だった。
巧のとった行動を「すばらしい!」とMさんは賞賛した。共産党系労働組合のメンバーの中にも、数人、同じように高く評価するひともいた。ただ・・
Mさん・・「正しいことをしても、みんなが正しいと思ってくれるとは限らないよ。それが、みんなのために本当に良かったのかどうかも分からないのかもしれないねぇ・・。」
巧は、正直ショックだった。全面的に巧の味方だと思い込んでいたからだ。いや、味方は味方なのだろう。
しかし、少し落ち着くと、Mさんの言葉は、巧の心の奥底に残り続けた。ずっと、自問自答し続けた。
いまだに、巧にとっての「正解」は分からない。
確かに、巧の「闘争」の原点は、会社から酷い組合潰し攻撃を受けていた企業内組合執行委員のひとりJさんの涙だった。
しかし、巧が単身決起した後、Jさんも共産党系の上部組合本部の指示通り、彼らが言うところの「過激派!」巧の排除攻撃に加担した。それでも、結局、会社の組合潰し攻撃に対しては、巧が完全勝利した。
単に、地裁→高裁→最高裁の全面勝利のみならず、組合潰し攻撃した会社の中に強固な地域労組を確立し、職場の労働者の雇用も実際に守ったし、地域の中小零細企業の労働者の雇用も守ったのだから、「階級的」にも巧の勝利は明らかだった。
新入社員たちは、そんな巧とも分け隔てなく交流したが、彼ら彼女らにとっては、そんな「過去」の「いざこざ」はどうでもいいことだったのだろう。むしろ、巧たちが勝ち取った「年休」の権利、「育児休業」等の諸権利も、なによりも、外資系にありがちな雇用の不安定さも改善させた。日本人労働者を恣意的に直ぐに解雇することは許されないということをドイツ人経営者に分からせた。
若者たちは、そんなことは最初からあった当然の権利だと思っていた。それは、それでいい。巧たちは、自分たちの「闘争」が誰からも評価されなくても構わなかった。それこそ、「闘争の不利益は、すべて活動家に、闘争の利益は、すべて大衆に」(山谷争議団)なのだから。
それに、巧たちの闘争は、ドイツ人経営陣と、日本人労働者との人種差別との闘争でもあったのだから、日本人としての矜持をドイツ人経営者に示した闘争でもあった。これに関しては、巧の仲間の組合執行委員たちによると、「それは、あまり強調しない方がいい。」とのことだった。彼らも、所詮「階級闘争」派なのだろう。まぁ、そうだろうけど。
それ以前に、人間としての尊厳を守った闘争でもあった。その自負と矜持は、巧にある。
それでも、Mさんの問い・・
「正しいことをしても、みんなが正しいと思ってくれるとは限らないよ。それが、みんなのために本当に良かったのかどうかも分からないのかもしれないねぇ。」・・
は、巧の深層を侵食し続けた。いまだに、侵食し続けている。
要は、巧の自己満足なのかもしれない。
巧の幼児体験から来る自己満足に過ぎないのかもしれない。それは、それで、巧はよかった。
巧が問いたかったのは、それでも、「本当に自分の決断と行為はよかったのか?」だった。
・・「チサの葉一枚のなぐさめが欲しくて人生を棒に振った」(太宰治)・・
巧の「人生を棒に振った」行為が本当によかったのか?
「自己犠牲」と言えば、聞こえはいいが。宮澤賢治の「グスコーブドリ」ではないが。
巧の周囲にたくさんいた「活動家」たちのように、100%の「確信」のようなものは巧にはなかった。
Mさんのことばが、巧に「ゆらぎ」を起こした。
この「ゆらぎ」は、時間が経つにつれて、次第に大きく大きくなっていった。
この「ゆらぎ」は、次第に世界情勢にまで拡がるものになっていった。
それ程、2000年以降の世界は、異常かもしれない。
人間の尊厳を守る「闘争」・・立派なことだろう。非難の余地もないことかもしれない。
それでも、両者が、その『人間の尊厳を守る「闘争」』という『正義』を振りかざして「憎しみの連鎖・悪循環」「終わりなき戦い」「仁義なき戦い」が頻発する世界は、これで本当にいいのだろうか。「狼」に人間が堕してしまっていいのだろうか。
それら両者のロジックをメタのレベルから再吟味し直さなくてはならないのかもしれない。
何時から、こんな排他的なロジックが跋扈し始めたのだろうか?
こんな排他性は、人類に、ホモサピエンスに特有のものなのだろうか?
だとしたら、どうしようもないものなのだろうか?
だとしたら、人類には絶望しかないのだろうか?
ほんとうに、そうだろうか?
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「「利他主義(altruism)」ということもあるように、他者の幸福のために自分を犠牲にするということは仏教徒の鏡でもあろう。」(17「他者のために生きる」? より)
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巧の場合、幸いなことに、地裁・高裁・最高裁と連戦連勝だったので、巧の勝利で、会社側からの違法な労組潰し攻撃は終わったが、もし、地裁で敗訴していたら、終わりなき戦いが続いていたことでしょう。
「利他主義(altruism)」・・という耳触りのよい言葉は、本当によいことなのでしょうか?!
話題を変えますが、数年前実際に体験したことです。
山の上の古民家で、音楽ライブがあるので、息子・娘・妻と一緒に自動車で曲がりくねった山道を上がっていると、前方に自動車はいないのに、どこからか、けたたましいクラクションが聞こえてきたのです。スピードを落として、廻りを見渡すと、崖の下に一台の自動車が180度反転して落ちているのです。その自動車の運転手が鳴らしたクラクションでした。
救出しようにも、勾配がキツくて、二次遭難しかねないので、110番しました。警察から消防署に手配して貰いました。息子は、救急車両が道を分かるようにと、街道から急な坂道の入口まで歩いて降りて行きました。まもなく、救急車と消防車と警察車両が到着しました。消防隊員数名がザイルで確保しながら急な崖を降りて行って、反転した自動車の中から男女二人を無事救出しました。それで、ほっとして、ライブ会場にだいぶ遅刻して着きました。
事故にあった男女二人も、怪我は大したことなかったようで、救急車の出番もなく、会場に来てました。ライブの休憩時間に、二人からは何の言葉掛けもなく、むしろ、こちらから、「さっきは、大変でしたね。」と話し掛けると、二人のうちの女性は、暗い顔で低い声で「あー」・・以上!・・でした。男性の方は、まったく無視・・・! なんの関係もないかの如く、知らんぷりでした! 「ありがとう」の一言もありませんでした。少し、驚きました。事故の責任って、誰? 私?・・そう思わされるような、ふたりの対応に戸惑いました。たまたま通り掛かったから助けただけなのに・・。何か、私、悪いことしました???・・・あなたがクラクション鳴らしたんでしょ?!それで、110番したのは悪かったの?!
べつに、御礼を言われたいから110番したのではなく、助けなければならないから電話しただけなのに。お陰で、ライブにかなり遅刻したのは、このせいなのに。
・・・それでも、私は、自分がやったことは正しいと確信します。同じ状況に遭遇したらまた同じことをするでしょう。
しかし、職場の労働運動の場合だったら・・・同じことをしないかもしれません。ほっとくかもしれません。組合が潰されるのを傍で見ているだけかもしれません。理由は、先ず、年齢が違います。「若気の至り」・・とは、もう言えませんし。「利他主義(altruism)」に、少し懐疑的ですし。
確かに、労働運動の「活動家」だった頃は、他者に気を遣い、他者に親切でした。仲間から、そうされたから、自分も、仲間だけに限らず、通り掛かりの人に対しても、困っていそうだったら、手を差し伸べました。
三池争議の幼児体験が原因で、「若気の至り」で、たまたま労働争議に巻き込まれましたが、このことを今鳥瞰すると、決して「利他主義(altruism)」といった自己犠牲の精神ではなく、二人のスピリチュアルの師と出逢えた、そのための試練だったのですから、『自利利他』です。
「チサの葉一枚のなぐさめが欲しくて人生を棒に振った」(太宰治)・・のでは決してないのです。Mさん、Kくんという偉大なスピリチュアルの師と出逢うために必要なことだったのです。
ただ、少なくとも、「正しいこと」って本当に正しい?・・って、一度立ち止まって考える、自問自答する「智慧」は必要なことかと思います。「正義」を錦の御旗にして、「正義」を振りかざして、突っ走る「愚」だけは避けなければなりません。そう、自分自身に言い聞かせつつ、生きたいと思います。
26.Feb.2025 - エッセイゆらぎ(9)