『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #59 『星三百六十五夜』 野尻抱影
2024年12月12日の一冊
『星三百六十五夜』 野尻抱影(中央公論社)
ある日、夕暮れどきに長崎の立山という丘まで散歩に出かけ、長崎港を望むことができるスポットを目指した。ちょうど良くマジックアワーのお目見えする時間帯に到達することができて、その写真を SNS に載せると間もなく、地球の反対側で暮らす友人から写真が送られてきた。
「月の見えてる角度が違うけど、同じ空見れてるの感じて嬉しい」
その友人が写した月は、私が写した月とシンメトリーになっていて、偶然にも一つの同じ月を両側から同時に見ていた。
世界中どこにいても、誰でも、私たちにとって空は一つなのだ。
今日の一冊は野尻抱影による『星三百六十五夜』。
本書は、一年365日すべての日の出来事を星のエピソードになぞらえて語られる随筆集である。
1月から12月まで、季節の移り変わり、それにともなう人々の営み、少しずつ体感する気温の変化、空の表情、動物たちへの眼差しなどを通して、自然との対話を繰り返し日々を送る、著者の穏やかな暮らしを伺うことができる。
現在進行形のトピックであったり、幼少期の記憶であったり、時間軸はいろいろ。
かたくるしい天体の科学的理論云々とは違う。人々の暮らす地球、さらに地球が存在する宇宙と我々の小さな接点を見出し、"星の在る世界に住む人間の暮らしの美しさ" のようなものが描かれている。
読んでいると視界がパッと広がり、そして自分の手元に返ってくるような感覚を得る。
古代より言い伝えられる神話がありながらも、まだまだ不可解なことも多いであろう天体の世界。
それらがもたらしてくれる科学や芸術は、無限の可能性を放ち続けていることを改めて知らしめられる。
それはこうした随筆においても描かれるように、我々の暮らしにぴったりと寄り添う「星」というものの存在に「どう感じるか」が人によって何通りもあるからこそなのだ。
365日、人生を過ごしながら星について考え続けた学者の、人間味あふるる星日記。
個人的にこの本の好きなところは、
「星月夜」「光のそばかす」「宵月」「暁」「明星」「星影」「月畢」など、文字そのものや読みの音によって、情景が浮かぶ詩的な言葉が多様されている点だ。(ある意味当然ではあるかもしれない)
例えば「月畢(つきひつ)」。
ファンタジーとリアリティの狭間に溶け入るような言葉の世界観に気がついたとき、ゾクゾクッとよろこびが身体中に充満する。美しき和訳あってこそ、二重に楽しむことができるのだ。
しかし何より、空や星や月や太陽はこの世界に一つ。私たちは皆同じものを見てこれら天体について語ることができる。それこそが代えのない素晴らしきこと。
星やら月やら神話やらなんだか、気障なかんじもしてくるやもしれないが、三百六十五夜。これを読む十数分ほどは、夜空の下、ロマンティックに浸りたいものだ。
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秋光つぐみ