猫背で小声 season2 | 第22話 | 幸と悲
どっこいしょ。
こんな風に腰をかけて安らげる場所を、みんなは持っているだろうか。
実はぼくにはある。
東京の東の下町にある、心から安堵できるカフェ。この店の椅子に座るたび、日頃の疲れがドッと出るのがわかる。自然と「ふうぅ」という息づかいをしてしまうのだ。
息づかいというより「生きづかい」。明日も「生きる」ために日常での疲れを癒す場所。しかしこのカフェを知ったのは最近。
パークギャラリーがきっかけとなってできたイラストレーターの友人がいるのだけれど、その友人がこのカフェの Instagram アカウントをフォローしていたのがはじまり。どんな場所か、気になって早速行ってみた。
第一印象は「オシャレ」の一言。ぐうの音が出ないほどオシャレ。
カフェの店内にはたくさんの観葉植物があり、2階にはアート作品の展示空間、そして店の奥には建築事務所のオフィスがある。観葉植物は販売もされている。
おおおお
おが4つ
おしゃれな場所なのだ。
ぼくは東京生まれではあるが、自称「東京生まれの田舎者」で、渋谷にもあまり行ったことがない。そんなぼくでも渋谷や表参道や中目黒にありそうなカフェという印象を持った。
そこにはハルさんという女性がいる。コーヒーを挽き、淹れてくれるこの店の店長さんだ。コーヒーに詳しくないぼくだけれど、レジ前に並んでいるいろいろな種類のコーヒーに、目を奪われた。
茶色い豆の光景。
何回かお店に行き、コーヒーも何種類か飲んでみた。コーヒーってこんなにも甘くて、苦くて、酸味があって、味も深い。それぞれの特色を感じるコーヒーを前に、ぼくはただただ驚くしかなかった。
涼しい顔してコーヒーを注いでいるハルさんの、熱い気持ちのこもった熱いコーヒーがこの店にはある。ぼくの中で少しだけここが東京の東の大都会になった。
そして何よりぼくはコーヒーを飲むことが好きになった。
ある日、ぼくはコロナに罹ってしまい、毎週行っていたこのお店に行けなくなってしまった日が続いた。コーヒーを飲めない日々が続いたので少し寂しい気持ちを抱えていった。のちに容態は回復し、外にも出れる状態になったのだけれど、その後遺症として味覚がなくなったしまったのだ。
特に牛乳と麦茶とコーヒー。この3つの味がしない。そんな状態で仕事を終わらせ、久しぶりにお店へ行くと、コロナに罹り、しばらく来れなかった旨を伝えた。
ハルさんはとても驚いた顔をしていた。
コーヒーの味がしないことも伝えると、さらに驚いていた。でもぼくはコーヒーが飲みたかった。手元にはコーヒー。残念なことに味はしない。しかしここからぼくとこのカフェでのリハビリが始まった。
店に行くたび、お店にある中でいちばん味の濃いコーヒーを頼み、どうにか味覚が戻れと願いながら口にする日々。ハルさんもぼくの気持ちを察してか、何も言わずに静かに淹れてくれる。ぼくのリハビリにそっと協力してくれているのだ。これがいわゆる「常連」というやつか。大人になったな、近藤。
リハビリ中のある日、いつものようにいちばん濃いコーヒーを頼んだ。
いわゆる常連の「いつものやつ」。
ずずず、と口に含み、飲み込むと、少しではあるが味がした。
うれしかった。
ある時は一生このまま味覚が戻らないんじゃないかと、深く考えこんだりもした。けれどやっと戻ったんだ。期間にすると2ヶ月くらいだったけど、ずいぶん長く感じた気がする。
いつものやつがいつものやつを頼む。
いつものやつが、いつも通っていると、ある出逢いがあった。
それはいつもニコやかで和やかなカップル。ぼくが Instagram でこのお店のことをタグをつけて投稿していて、それをたまたま見て、ぼくに興味を持ってくれたらしい。さらにぼくがこうして文章を書いていることを知り「猫背で小声」を読んでみてくれたらしい。
「近藤さん、このあいだの連載、よかったですよ」
そう話しかけてくれる優しそうな彼。
「わたし、あれ読んで泣いちゃいました」
さらに優しそうな彼女。
「すごい連載だと思いました」
優しい感想をくれるふたり。
お店で時々会うふたり。もっと仲良くなれたらなと思っていた矢先にかけられたふたりからの感想をきかっけに、ぼくはすこし息詰まって止めていた文章を、また書いてみるべ、と思うようになった。
いろんな人が、この「猫背」の連載を楽しみにしてくれている。
そうなんだあ。
酒の力を借りてという言葉があるが、まさにこれはコーヒーの力。
いつまでも癒しと楽しが集うすてきな場所でありますようにと願いながら、今日もゆっくりコーヒーを楽しんでいる。
\ 近藤さんが新しくラジオをスタートしました /
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