『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #14 『悲しみよ こんにちは』 フランソワーズ・サガン
#14
2023年1月18日の1冊
「悲しみよ こんにちは」フランソワーズ・サガン 著 / 河野万里子 訳(新潮文庫)
少女小説の聖典。言わずと知れた世界的ベストセラー。フランソワーズ・サガンの『悲しみよ こんにちは』です。
今さらながら読み、あまりの読後感に書かずにいられませんでした。名作に今さら出会うなんてこと、いくらでもあっていいのです。本に出会うタイミングは人それぞれ。30歳過ぎてからでも様々な本に出会っていこうと思います。
かつてアメリカのスクールコメディばかり見て、その世界のティーンエイジャーに憧れる子どもだったころの私は海外文学もよく読んでいたけれど、大人になるにつれて現実主義になり、より身近で共感できるような作品ばかり追い求めていました。
今回この作品を読もうと思ったのは『愛と同じくらい孤独』というサガンの自伝を読みたかったからです。でも読んでるうちに、やっぱり先にこの人の作品を知らねば深く入っていくことができない、と思い超代表作の本書を手に取った次第です。
サガンは1935年、フランス・カジャルク生まれ。19歳の頃に書いた処女作『悲しみよ こんにちは』で批評家賞を取り、一躍フランス文壇の寵児となりました。
『悲しみよ こんにちは』というタイトル。どうすることもできない諦めの感情、受け入れなければならないやるせなさ、心を失いながらも開き直るしかない運命。このシンプルなタイトルからそんなものを感じ、切なく、苦さを纏いながらもなんて晴れやかな言葉なのだろうと思いながら読み進めたのですが‥。
設定や登場人物の相関図が、まさにフランス文学独特というか、日本人の私にとっては夢でも見ることのできない世界。その風景描写の美しさにうっとりとさせられます。
バカンスを過ごす家での煌びやかな気だるさ、
テラスに座ってオレンジを頬張る口元、
海岸での恋人との熱い抱擁、
モテ男である父の美しい所作、
激昂する彼女の形相など‥
翻訳の力も多大なるものなのだけれど、言葉や文章によって映像が鮮明に浮かび上がる。美しい景色にも、人間の内なる感情にも、物語の舞台である南仏へ、そのままトリップしたような感覚を得て、どんどん引き込まれます。
中でも主人公セシルの、レイモン、エルザ、アンヌ、シリルに対する感情の複雑さや変化が目まぐるしく、17歳の少女の心の機微を緻密に捉え、描き切っていて、それを受けたこちらは共感を通り越して、複雑に絡み合う自らの眠っている心情を呼び起こされるような衝撃。
私自身、言葉にできていない想いが常日頃からあるのは確かで、それはいつか言葉を尽くして言い切ることができるのではないかという可能性をも感じさせます。物語の中とはいえ、それを19歳のサガンが成し得ていることに、やはり驚かされるのです。実にセンセーショナル。
物語自体から学び得ることももちろん多々あり、読んだ人からそれぞれの感想を、私は聞いてみたいと思っています。
人生は歯車が噛み合うことで、何の違和感もなく流暢に回っていくかと思えば、たった一つのネジが外れることで、全てがガタガタと崩れてしまうこともある。崩れず、何事もなかったかのようにまた別の歯車と出会い回り始めることもある。何度、悲しみに こんにちはしようとも、出会った歯車が互いの存在を確かめ合いながら、その度に強固になっていくこともある。
人生にはそういうことがある。そして、それからどうするのだろうか。その想像にすら未だ及んでいない私はきっとまだまだ修行が足りないのです。考え続けようと思います。
読んだことのある方、是非とも感想をお聞かせください~。
----
【 わたしのつれづれ読書録 】
古本屋兼ギャラリーの創設を目指し、パークギャラリーと並行して古本屋でも修行中の秋光つぐみ。
『わたしのつれづれ読書録』はパークスタッフのつぐみが出勤日(主に木曜日)に「今日の1冊」を紹介するコーナーです。
パークで開催中の展示テーマに寄せた本、季節や世間のムーブに即した本、つぐみ自身のモードを表す本、人生に影響を与えた本、趣味嗜好まるだしの本など‥日々積読が増えていく「つぐみの本棚」からピックアップした本をお届け。
----
PARK GALLERY
木曜スタッフ・秋光つぐみ