『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #27 『飛びます』 川島小鳥 小橋陽介
#27
2024年5月2日の1冊
『飛びます』
川島小鳥 小橋陽介 作
春を通り過ぎて、ジメッとする日も増えてきた。夏の入り口に立っているのだろうか。長崎に越してきて一週間が経ち、日々の暮らしも少しずつ整ってきたところ。東京と長崎の気候の違いを思ったりしている。
例年の夏の暑さを思い出しては、あの殺人的な灼熱に今から恐れ慄いているのだけれど、その入り口、梅雨にも入っていない春と夏の間のこの時期は、少しスカッとした炭酸を飲みたくなったり、アイスクリームに心を奪われても仕方ないだろうと、心のどこかで夏を少しだけ好きでいる自分を言い訳に、甘えたくなったりする。
考えすぎ‥黙ってアイス食べなさい。
そんな、「夏にキュン」な衝動を思い出させてくれるのが、こちらの本。
写真家・川島小鳥さん、ペインター・小橋陽介さんの作品『飛びます』。
ちょうど5年くらい前、2019年の今くらいの時期に発表された、おそらく彼らの自主制作 ZINE(という言い方を敢えてしたい)。
水しぶき、夕暮れの影、夜の虹、街に乱反射する光、モータープールの陽だまり、花弁に色彩が宿る大輪の花、コップの水、空想の世界に住む動物、男の子、女の子。
小鳥さんが写し出し、小橋さんが描き出す世界を行ったり来たりしながら、どこかで見て知っているような景色に懐かしさを覚えたり。そこに散りばめられた、実は未だ見ぬ世界の断片に気がついたり。ページをめくる度に、日常と非日常を混在させたドリーミングな空間に誘われる。
ものを見るとき、写真を撮るとき、絵を描くとき。「何を」とらえるかということもおもしろいけれども、ありふれた物事を「どう」とらえるかということもより人に驚きや発見を与える。そのことの豊かさを鮮やかに魅せてくれる。
お二人の心の中の宝箱に仕舞われているキラキラとしたカケラたちが、流れ星のように無邪気にこちらに飛んでくる。
軽く頭をぶつけたかのごとく、小さな小さなやさしくかわいい衝撃が、受け取った者の頭の周りを飛んでいる。
「飛びます」
良いタイトル。
うだるような夏の暑さに嫌気が刺したとき、ぱらりと眺めては、夏には夏にしか味わうことのできない気持ちよさがあることを、せっかくなら思い出したい。飛んでみたい。
思いきり胸を開いて、肩を上げて、腕を伸ばして、指の先まで解放して、大きな一歩を前に出して、大きな声で好きな子の名前を呼んでみる。そんなオープンマインドと胸の高鳴り。1ページめくるごとに、そんなパキッとした初夏の陽気が心に流れ込む。世界はこんなにも、かわいくて、きれいで、うつくしい!
若くて、純真な、ある夏の日々。
この本の良さは、小鳥さんと小橋さんの作品の個々の素晴らしさはもちろん、それぞれの作品が交互に混ざり合いながら展開され、お互いの個性を引き立て合うように巧みに編集されているところ。
そして、もう一つは、本自体の製本にも大変こだわっていて、細部にまで抜かりなく、遊び心が宿っているところ。本全体を通して、二人の大人が全力でたわむれている。
子供が持つ素直さと、大人だからできる秀逸な遊び。その両方を存分に楽しむことができる一冊なのだ。
パークギャラリー・木曜スタッフ
秋光つぐみ
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