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on the road to eclipse #07 『Navajo Nation』 by 熊谷義朋(写真家)

雪で出発が遅くなった為、
モニュメントバレーに着く頃はもう太陽が高くなっていた。

ここは有名な観光地であり、
古くからのアメリカの先住民、ナバホ族の居住地域で、
彼らの聖地でもある。

僕らはモニュメントバレーを堪能して、
日が沈みはじた頃、次の目的地へと出発した。

日が沈み始めて徐々に色が変わっていく空を見ながら街道を走った。
1時間半ぐらい経った頃、
飲み物の買うためにガソリンスタンドによることにした。
辺りはすっかり暗くなっており、
うっすらとした雲とガソリンスタンドのネオンしか見えない。

売店の中を1周して、コーヒーとお菓子を買い、
駐車場の端っこに停めた車の中に入って、
「今日どこまで行くか」の話をしていると、

コンコンコン

車のドアが突然ノックされた。

外を見てみると、1人の女性が立っていた。
グレイのフリースに青いバンダナを首に巻いている。

僕らは車の窓を開けた。

「この先の街まで車に乗っけてもらってもいいかな?」

ヒッチハイクだ。
僕らは一瞬、どうしようかと顔を見合わせたが、
すぐに荒井さんが「OK」と答えて、
彼女を乗っけて行くことになった。

彼女の名前はキャリン、
どうやら次の街で買い物して家に帰るところらしい。
何故ヒッチハイクしてたかは聞かなかったが、
不思議な空気を纏っている女性だった。

僕が運転して、助手席に荒井さん、
後ろに大野さんとキャリンが座って、先の街へ向かっていた。
いろいろと話を聞いていくと、彼女はナバホ族の女性だった。
急にそんな出会いがあるとは思ってなかったので僕らはとても驚いたのを覚えている。

キャリンの話を聞きながら、僕たちも自分たちのことを話す。

「モニュメントバレーに行って来たんだ。すごく良かった」

荒井さんが言うと、

「いいねー、とてもいいところだったでしょ。この近くにも、とっておきの素敵な場所があるよ。」

とキャリン。

「本当に!?」

僕たちは驚いた。

「素晴らしい景色が見られるから」

僕らは彼女おすすめの場所に皆で行くことにした。
車で30分ほどかかるようだ。

車を走らせている間、
後ろの座席ではキャリンのナバホ語講座が開かれていた。

hello、goodbay、tomorrow、
いろんな言葉とナバホ語に翻訳してくれるが、
発音がものすごく難しい。
いつの間にか皆で “tomorrow” のナバホ語を練習して
「アンヒリリ」のような事を言って笑っていた。

キャリンはたくさんの言葉をメモしてくれていた。

その間に車は ”オススメの場所” に向かって、
真っ暗な山の中をひたすら進んでいた。
時々来る分かれ道でキャリンはどちらに進めばいいか教えてくれる。
車はどんどん進んでいく。

ちょうど元々いた国道191号線から曲がって、
30分ほど立った頃だろうか。

「ここを左」

と言うキャリンの言葉に従って進むと少し開けた駐車場に着いた。
辺りは真っ暗だが、
車が曲がった時のヘッドライトの明かりで柵が照らされて、
景勝地のようになっているのはわかった。

車を降りると外はひんやりとしている。
そのままカメラを取り出して、その柵の方に向かう。

進んでいくと、柵の向こう側がだんだんと見えてきた。
夜の空が広がっており、薄く見える茶色い大地と高い崖、
そのずっと下には少しだけ緑があって、川が見える。
とても惹き込まれる風景。

僕たちは一瞬言葉を失った。
少しだけ風が吹いていた。

「すごいね」
「Marvelous!」

僕たちは感嘆の言葉をキャリンに伝えた。
確かにすごい景色だったのだ。

キャリンは少し冷えるからと言って、
笑いながら車に戻って行った。

皆景色を見たり、写真を撮ったりしていた。

しばらくそこにいた後、
それぞれ車に乗り込んでキャリンにお礼を伝えた。

僕らは出発して、元来た道を戻り始めた。
キャリンは街でバーガーキングを買って家に帰るらしい。

「俺たちもお腹すいたしバーガーキング食べましょうか?」
「いいですねー。」

誰かから提案して皆同意する。

すると

「よかったら家で一緒に食べる?」

キャリンから思いがけない提案。

「本当に !? 行く行く!」

皆でバーガーキングを買ってキャリンの家に向かうことになったのだ。

バーガーキングでドライブスルーを済まし、
(キャリンは2人分買っていた)
僕たちはキャリンの家に向かった。

また同じように僕が運転して、キャリンが道案内してくれる。

国道191号線を戻る方向に進んで行く。
しばらくしてキャリンの指示で細い道を右に曲がった。
するとすぐ、左に曲がれという。
車を停めて見てみると、
左側は少し坂になっていて、
整地されていない。

しかし、よくよくみるとうっすらと畦道のようなものが見える。

「ここ?」

僕がキャリンに聞いてみると、

「YES」

キャリンが答える。

僕はハンドルを左に切って、
恐る恐る畦道のようなもの方に進み出した。
車は上下にグワングワン揺れる。
ヘッドライトに照らされた、草が少ない道を進んでいく。

3、4分経っただろうか。
草の間から少しだけ空間が広がった。
うっすらと一軒家のようなものが見えた。

「その家よ。」

キャリンが言う。

周りに灯りがなく、夜と同じ色に見える家が建っていた。
その何マイルか後ろには微かに街道の灯り。

家の煙突からは、また同じ色に見える煙がモクモクと出ていた。

「夫が部屋をあったかくして待っててくれてる。」

僕は家から 10m ほど離れた場所に車を停めて、
皆で車から降りた。
すごくドキドキしていたのを覚えている。

キャリンに案内されて、僕らは家の中に入って行った。
家の中は真っ暗だった。

そう、電気が通ってないのだ。

玄関を入って左の部屋には薪がバチバチと音をたてていた。
キャリンは小さなライトを取り出して、
薪が炊いている部屋に案内してくれて、
ソファに座らせてくれた。
ナバホの伝統的な柄のソファだ。

僕らがソファに座っていると、奥から男性がやってきた。
暖炉の光でうっすらと顔が見えた。
彼はキャリンと同じ青いバンダナを頭に巻いていた。

「夫よ。」

キャリンが紹介してくれた。

暖炉の部屋で5人でバーガーキングを食べることにした。
買ってきたバーガーキングを皆に配る。
いつの間にか猫が近くに来ていた。
キャリンの猫らしい。
名前を聞いたら「cat」と教えてもらった。

僕は何かどこかに迷い込んだような不思議な感覚になっていた。

旦那さんが、

「これを知っているか?」

と何か雑誌を見せてくれた。
知り合いの方が載っているらしい。
たくさん説明してくれたが、あまり聞き取れなくて、申し訳なかった。
言葉と言葉の間に少しだけ空白を入れて話してくる。
不思議な空気を持っている人だ。

次にまた、

「これを知っているか?」

と今度は小さなシンバルのようなものを見せてくれた。

手にとって触ってみるが、何かわからない。
聞いてみたが彼もわからないらしい。
どこかで入手したらく、何か知りたいそうだ。
書いている文字などをスマホで検索したが、
全然何も出てこなかった。

薪が燃える音だけが聞こえる。

それからまたしばらく、皆で話をした。
キャリンは絵を書いているらしい。
僕たちは絵を見せてもらうことになった。

キャリンは奥の部屋から絵を持ってきてくれた。
奇妙な絵だった。
女性の顔に赤い手形がつけられている。

「これが私の絵」

彼女はその絵と
一緒に写真を撮ってくれと言ってきた。
キャリンと絵を一緒に撮って、
最後の夫婦の写真を撮らせてもらった。

すごく濃度が濃い夜だった。
僕らはお礼を言って、その場を後にした。

外に出るといつの間にか、
雲の切れ間から星が見えるようになっていた。

僕らはこの後アメリカでもう一度、
サンタフェという街の『SITE』という美術館の横の壁のグラフティで
同じような女性の顔に赤い手形の絵に出会うことになる。

その時に、『SITE』のスタッフの方にその絵のことを尋ねたら、
教えてくれた。

この女性の顔に赤い手形は
アメリカやカナダで起こっている
“MMIWG(Missing and Murdered Indigenous Women)”
という運動に関係しており、
声を上げる機会を奪われた先住民女性達の象徴らしい。

Missing(誘拐)
Murdered(殺人)
Indigenous Women(先住民の女性)

先住民族の女性に対する暴力の問題だ。
アメリカでは、ネイティブアメリカンの女性は暴力を受ける可能性が2倍高く、3人に1人が生涯の間に性的暴行を受け、これらの暴力の67%は先住民以外の加害者が関与しているそうだ。

『SITE』のスタッフからの情報とネットの情報だけなので、
どこまで確実な話かわからないが、
アメリカでも印象的な出来事だった。


熊谷義朋(くまがいよしとも)
1982年 福岡県生まれ
2011年 独立
2016年3月 個展 "SOIL" @ APART GALLERY & LIBRARY
https://www.kumagaiyoshitomo.com
https://www.instagram.com/kumagaiyoshitomo

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