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超心理学が科学となるために

超感覚知覚(ESP:味覚や嗅覚などの五感以外の知覚)や予知能力、霊視、念力などの現象を一般にサイ(psi)現象と言いますが、これを研究対象とする分野が超心理学。

超心理学者・石川幹人(明治大学)は、現代物理学を超越するように見える諸超心理現象の背後にある理論が存在しないため、現状では超心理学を科学と言うことはできない、しかし将来その理論が見つかる可能性がある、として超心理学を「未科学」に分類します。

つまり、現状は科学とは言える状態ではないが、将来科学のカテゴリーに入る可能性はある、ということ。

超心理学が廃れない理由

米・ペース大学の心理学者・T. ハインズはその著書(※)の中で超心理学批判を繰り広げます。

彼によれば超心理学実験のほとんどは、有能・誠実で合理的精神の持ち主により遂行されてきており、かつ彼らは実験データによってサイ現象の裏付けは可能だと強く信じている、とのこと。

また同時に、世の科学者の大半はその種の現象の実在には未だ懐疑的である、ともしています。

この本の初版は1988年ですが、その状況は今も変わりないでしょう。

ハインズは同書で、「サイ現象がただの一度も証明されていないにもかかわらず、超心理学が廃れることなく命脈を保っている」理由を二つ挙げています。

一つ目は、1960年代以降多くの後続研究者を獲得してきたということ(その理由は記されていない)。

「彼らの大半が科学の修練度が未熟で、自らの世界観にサイ現象が合致するからという理由だけでそれを信じている。
彼らの眺める世界は、

  1. 精神的なものが科学的で合理的なものの上に君臨する世界

  2. 正しい考え方をすることが『善』につながる世界

  3. 真理だと人が感じることはそのままなんの努力も要することなく真理になってしまう世界

  4. 真理に到達するために証拠など考える必要のない世界

なのである。」
と、ハインズ。

これって、一部の自覚的な人を除けばスピリチュアルの世界観そのものですよね。

彼によれば、特に1980年代以降、サイ現象を無批判に取り上げる書物・テレビ番組・新聞記事が増え、これがまた資金提供者と研究者の増加につながっている、と。

合理性の上に主観的「善」的概念を置くのは科学とは無縁といのうは間違いない。

しかし現象そのものが否定されるのかについてはどうなんだろう?

前述の石川幹人は、現象そのものの存在を認める立場。

なので、これについては何か言いたいことがあるんではないかなっと(笑)。

どんな仮説も言ったもん勝ち?

ハインズが挙げる、超心理学が廃れない理由の二つ目は、特に超心理学の分野では反証不可能な仮説が自由に使えるということ。

これは上述の一つ目の理由の四項目の中の三番目、「なんの努力もなく人が真理だと言えば真理になってしまう」に通じるものがありますね。

反証不可能な仮説とは例えば、超心理学実験の失敗は実験者の内面(心の動き)に問題があるよ、とか。

このように、反証不可能である以上、否定的な結果を出した実験がどれだけ優れていようとも、またサイ現象を実証しようとする実験にどれだけ失敗しても、反証不可能な仮説はいつまでも彼らの信念を守ってくれる。

反証不可能なんだから、それはそうですね。

私は、反証可能でかつ現代物理学と接続する(つまり、学問としての体系を崩さない)仮説というのは、現状では唯物論に則るしかないと思っています。

それは現代物理学が唯物論に則っているから。

個別の研究者が個人的に何らかの信仰を持つことはあります。

しかし学問全体としてみれば、物理学は唯物論的に体系立てられている、これは事実。

物質粒子(フェルミオン)と力を媒介する粒子(ボソン)のやり取りであまたの現象を記述する標準模型。

公共性・客観性をもって確かめられた事実の積み上げを基軸として、理論が成り立ちます。

この、「公共性・客観性をもって確かめる」過程の根底に、反証可能な仮説があります。

現象をよく説明し予測する「良い理論」を構築するためには、仮説提示と、その仮説が正しい場合に起こるはずの現象、仮説が間違っていることを示す現象、仮説が正しいと仮定すると起こるはずのない現象の確認などを通じて、仮説の取捨選択、refineが行われます。

言いっぱなしの感覚的な議論は、たとえどんなに科学用語を身にまとっていても、検証不可能なうちは科学的議論の俎上に上ることができません。

第一線の超心理学者がおちいる罠

超心理学、とくにミクロPKに関する数多くの実験で知られるD. ラディン。

彼はその論文の中で

“In any case, our approach to this topic has been to take seriously Planck’s (and others) position, based on the philosophy of idealism, that consciousness is more fundamental than matter.”

”Psychophysical interactions with a double-slit interference pattern: Exploratory evidence of a causal influence”, Physics Essays, 34, 79 (2021).
DOI: 10.4006/0836-1398-34.1.79

と言い、自身の超心理実験の帰結として、物質よりも精神(意識)をより基本的な存在とみなす観念論の立場を採ることを宣言しています。

観念論に立てば、おそらくどんな超心理現象も説明できるでしょう。

現象の背後に心のパワーを仮定すればよいのですから。

ただ問題は、それはどうやったら確かめられるのか、ということ。

それは、曲がりなりにも唯物論的見地に立つ現代科学や物理学の理論と接続せず、むしろ袂を分かつ理論であることは間違いないでしょう。

「唯物論で説明できないから唯心論(観念論)だ」というのは、論法としては間違っているとは言えないかもしれない。

しかしそれでは、既存の理論で説明できない、「わけ分からん」ものの探究を放棄し、精神(でも神でもなんでも)という人知を超えたアンタッチャブルなものにすべてを委ねているだけ、ではないでしょうか。

この意味でそれは、要するに信仰・宗教と変わりない。

宗教だと明示するのであれば特に問題はないのですが、科学の体面を保ちつつ、アンタッチャブルなものを持ち出して現象のメカニズムを「説明」する論法には疑問を持たざるを得ない。

ラディンさんは正当に科学的な手続きを踏んで、超心理現象の存在を実験的に追究しているようなので、是非とも背景にある理論的支柱についても、飽くまで科学の王道を踏み外さずに行ってほしいものです。

カナダの心理学者・J. オールコックはその著書(※2)の中で、「多くの超心理学者にとってサイ現象の探究は、物質科学の支配を除いて再び精神的な世界への接近を達成しようというほとんど宗教的な追求に近いものだ」と、超心理学を批判しています。

ラディンさん、あなたもあまたの超心理学者と同じ轍を踏んでいるのでは?

(※)”Pseudoscience and the Paranormal”, T. Hines, Prometheus Books, Buffalo, New York, 1988).
訳本:「ハインズ博士『超科学』をきる」、井山弘幸訳、化学同人、1995。

(※2)”Parapsychology : Science or Magic?” (J. Alcock, Pergamon Press, 1981).

#探究学習がすき

○新刊 脳は心を創らない ー左脳で理解する「あの世」ー
(つむぎ書房、2023年)
心の源は脳にあらずとする心身二元論と唯物論を統合する新説、「PF理論」のやさしい解説。テレパシーやミクロ念力などの超心理現象も物理学の範疇に。実証性を重視し、科学思考とは何か、その重要性をトコトン追求しつつ超心理現象に挑む、未だかつてない試み。「波動を整えれば病気は治る。」こんな「量子力学」に納得しちゃう人、この本を読んだ方が良いかも!?あなたの時間・お金・命を奪うエセ科学の魔の手から自分を救うクリティカルシンキング七ヶ条。本書により科学力も鍛えられちゃう。(概要より)

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