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[読書感想文] 殴り合いの文化史

民族学博物館で買ったやつ。400P超という分厚さに怯えて数年寝かせていた。

著者の樫永さん、最近読んだ月刊みんぱくで名前を見た気がしたので見直してみたら、みんぱくの教授だ!というか月刊みんぱくの編集長。しかもボクシング経験者だった。だからみんぱくで売ってたし、内容も殴り合いについてなのか!

タイトルから想像した内容は、世界中の「殴り合い」の使われ方、例えばこの国では殴り合いは特別なルールがあるとか、特別な装備を使うとか、祭りの1つとして行われるとか、そういう文化についてこの分厚さで説明してくれるというものだったのだが結局は8割位がボクシングについての内容だった。

結果的には面白かった… 面白かったんだけど、これならタイトルを「ボクシングの文化史」にしてほしかったなぁ。そしたら買わなかったかもしれないけど。

とは言え、ボクシングに関した話ばかりではなく、暴力とはなんなのか、暴力に関した人の特性とはなんなのか、他の動物とは何が違うのか、昔と今の暴力に対するどう変わってきたのかなど、「殴り合いの文化史」を理解するために非常に役に立つアレコレも最初の方でしっかり説明してくれるのでそこは純粋に面白い。

例えば、人間とチンパンジーのみが相手の戦意に関わらず、集団でリンチし、殺害することがあるとか。

「人が人を拳で殴ること、これはきわめて人間的な暴力だ。」

p8

最初の方はそんな感じに、ずっと暴力についての説明が続く。

そして4章に入ってようやく「拳のシンボリズ厶」が語られる。
グーのジェスチャーには卑猥なもの、攻撃的なものが多い。パーは逆に少ない。

手のひらは暑さでは発汗しないが、ストレスで発汗する。手のひらに粘着力を与え、道具を手にして次の動作に取り掛かる準備をする。怒りの感情で拳を握りしめる反応は攻撃性の顕れというのがあるからグーは攻撃的なアクションへの関係が多い。

拳に関わる暴力性とはうらはらに、ヒーローは結構パンチする。アメコミはもちろん、日本でも鉄腕アトムくらいからボコボコに殴る。
でも日本でも最初の暴力は柔道であり、殴る蹴るは悪の暴力として忌避されていた。
ここで語られるのは、なぜ拳はかっこいいという考えが広まったのか。もともと拳は暴力性とイコールだったのに。
それに役立ったのが実はボクサーの人気だった、と。

過去には武器を持ったり持たなかったりしたが、とにかく一発ずつの殴り合いが多かった。
また、パンチをかわすという概念もなく、どちらが最後まで立っているかが重要。血が流れてこそ、だった。
確かにこれはヤンキー漫画で見たことがある。

昔の方が圧倒的に血生臭く、且つそれが当たり前の社会だったものの、今はとても平和になっている、その流れの説明がおもしろかった。

例えばピストン堀口は入院中のところ試合に引っ張り出され、相手も肋骨が折れている状態で血まみれになって戦ったらしい。もうパワハラどころではない。

「当時は今とは比較にならないくらい、暴力にも流血にも社会が寛容だったのだ」

暴力の激しさが社会に受け入れられていたのは、単に国家が取り締まる余裕がなかったから。例えば決闘や報復が成り立っていたのは、国家に任せてもどうにもならず、個人でやるしかなかったから暴力という手段を取るしかなかった。近代になり、国家がそのあたりを取り締まってくれて、法による報復ができるようになるとわざわざ個人でなんとかする必要がなくなったから決闘とかがなくなってきた、と。

あとは動物愛護とかの意識が高まってくると共にそもそもの血なまぐささを受け入れられない人が増えてきたらしい。
欧米で決闘の文化は500年もあったのに、20世紀初頭に急速に廃れていった。

なのに、グローブをつけて反則も厳しく取り締まることで血が流れること自体は減った今でも、殴り合い自体は人気であるという人類の不思議。

暴力の減少

世界大戦など戦争がある近代の方が死者が多いじゃないか、暴力というものは消えてないじゃないか、と自分も確かに多少は思っていた。
が、暴力による死者そのものは昔に比べると減少しているらしい。

数で言えば確かに多いが、それはあくまでも世界人口が増えまくっているからで、比率で考えると昔、まだ人口が多くなかった頃に割ととんでもない死者が出てたりする。
ローマ滅亡や奴隷貿易などでは、現代の人口に換算すると一億人以上の死者が出ていることになる。

あとはまあ、昭和と比べただけでも今は圧倒的に平和だしなぁ。たまに凶悪犯罪が起きたりはするものの、ちょっと昔は侍が町人を斬り殺したりしてたのに比べれば暴力は実際減っているわけだ。

グローブの導入による健康リスクの軽減?

「グローブの導入は本当に健康リスクを軽減したのだろうか。」
「詰め物をしたグローブの導入が、ピュジリズムにおける底力と呼ばれた根性とスタミナの競い合いを脳へのダメージの競い合いに変えたからだ。」

p394

グローブの導入によって確かに血しぶきが飛ぶことや骨折とかそういう派手なのはなくなったかもしれないが、逆に脳に与えるダメージという要素や、拳の怪我を気にせず全力で殴れるようになったという要素がでかく、逆に総合的な危険度は上がったんじゃないかという視点はこれまで考えたことがなかったので面白かった。結局どうなんだろう…

やっぱりボクシングの文化史

そんなこんなでボクシング部分は、文章の書き方が上手いことや、自分がはじめの一歩を読んでたこともあったりして多少はボクシング的知識があるので面白く読めたが、そんなに興味ないな、という人が読み始めたら途中からアレ?となってしまうかもしれない。

基本的にはボクシングの発祥や現代までの歴史、日本にいつ上陸してどう知名度が上がっていったかなどの説明がほとんど。ガッツ石松、たこ八郎、辰吉丈一郎など、自分でも名前を聞いたことがあるボクサーがちらほら出てきて盛り上がってきて、なんだかんだでその勢いで最後まで楽しめるのだった。

日本ボクシング史
黎明期:黒船来航、渡辺勇次郎 1930まで。開国維新後から大恐慌まで
隆盛期:ピストン堀口。日本ファシズム
復興期:終戦後、白井義男引退。戦後復興混乱期
黄金期:ファイティング原田、1980まで。高度経済成長期
再生期:辰吉丈一郎、平成。先進国となり国際社会での地位安定

でもなぜ蹴り合いは同じような展開にならなかったのだろうか、と思ってしまうがキックボクシングとかムエタイとかもあるしなぁ。

別に殴り合いだけが闘争の手段と言われているわけではなく、単に殴り合いの歴史を説明してくれただけか。

でも、パワーとしては確実に腕より高いはずの足より、なぜ拳を使ったボクシングの方が人気が出たのかというのは普通に気になるし、日本ではボクシングより相撲だし、他の格闘技と比べた拳という存在についてもどうせならなんか知りたかったというのはあるので、やっぱり殴り合いと言いながらボクシングがひいき目だったなとは感じてしまう。

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