週末ベイカーの矜持を揺るがす大事件
私はお菓子は作らない。作るものはあくまでもパンのみ。
なぜパンは作ってもお菓子は作らないのか、それはお菓子には発酵という生物との対話の時間がないため。
というのは表向きの理由であって、単純にそんなにお菓子を食べないから。
唯一の例外として、パンではなかなか出番のない薄力粉の賞味期限がせまった時だけ作るのが「ショートブレッド」という沖縄のちんすこうに似た焼き菓子。
薄力粉と砂糖とバターだけで作れて、工程も単純。それでいてシンプルな味わいはあきがこない。
なにより、お菓子のくせに「ブレッド」なんて、心の奥底にパンになりたい気持ちを秘めているような名前がにくいじゃないか。
ずいぶん長いこと作っていなかったけれど、ストックの薄力粉の賞味期限が切れているのに気づいて、この三連休中に消費してしまうために、久しぶりに作ることにしたのだ。
お昼ご飯が終わってひと息ついている時、ふと、明日はショートブレッド作るで、とつぶやいたとたん、奥様から衝撃の一言が。
「あたし、ショートブレッドそんなに好きちゃうねん。固いやろ?ふわふわなお菓子が好きやねん」
パン作りを始めて2年と9か月。何度もショートブレッドは作ってきたけれど、そんなこと初めて聞いたよ。
唯一作れるお菓子がショートブレッドなんだから!と言いかけて、そういえば一度だけほかのお菓子を作ってしまったことがあるのを思い出した。
マフィンだ。
近所のスーパーにある焼きたてパンのお店で売っていたマフィンがとてもおいしかったからマネして作るように、と言われて一度だけチャレンジしたんだった。
「ああ、マフィンは作ったことあるな」
「それ!」
食い気味に言われてしまって、マフィンを作ることが決定事項として走り出してしまった。不用意な一言を発しないように気をつけることは、幸せな人生を送るための大事なポイントだ。
マフィンを作るには、パン作りでは絶対に使わないものがある。
ひとつはマフィン用のカップ。トロトロの材料を入れてそのままオーブンで焼ける紙製のカップだ。前回作った時のあまりが2個あるけれど、それでは数が足りない。
もうひとつはベーキングパウダー。マフィンをふわふわにふくらませるための人工の添加物。
パンの場合は、イーストという生き物による発酵という工程を経てふっくらとふくらむのと同時に、さまざまな生成物がパンの旨みを引き出してくれる。
ベーキングパウダーは、むりやりふくらませるためだけに使われる、味も素っ気もない人工物。なんとなげかわしい。
前回マフィンを作った時に購入したベーキングパウダーは、あまりに使わないものだからずいぶん前に消費期限が切れてしまったので、未練も何もなくあっさり捨てた。
これから買いもんに行くから買ってくるで、と奥様。
どうせ今回くらいしか使わないので、割高でも少量のものがあるといいのだけれど、そう都合のいいものはないのでいつも期限切れを迎えてしまうんだ。
今回はムダにしないようにちゃんと使い切るように、とマフィンばっかり作らされるんじゃないか、そう思っていたら、少量のものがなんとダイソーにあったという。
ほんと最近の100均は優秀。なんでもあるんだね。
ということで、三連休最後の明日は、週末ベイカーの矜持は心の奥底にしまっておいて、奥様のご要望通りマフィンづくりにいそしむこととする。