夫と銭湯とジャパニーズジジイ
アメリカ人の夫は、温泉や銭湯が大好きである。
夫いわく、「のびのびと足を広げられるし、ちんこも息が吸えるから」とのこと。
たしかに入浴中の夫をのぞき見したことがあるが、湯船につかっている、というよりは浴槽に詰まっているという感じだったので、文字通りそういうことなのだろう(元海兵隊の夫はデカい)。
思ったことをそのまま言葉にするのは夫の弱点でもあるが、言葉の裏を読み取る必要がないぶん、こうゆうときは助かる。
おかげで夫にとって「ちんこの自由度と幸福度は比例する」のだと、日々の発言からよく理解している。
さて、そんな夫の戦湯(せんとう)レベルについてだが、近所の銭湯はもちろんのこと、旅行にいくと「ここの温泉は露天が広くていい」だの「ここはお湯の温度がかんぺき」だのいっちょまえに批評をするほどだ。
かなり日本人化してきているなぁと感じる。
数年前までは、大衆浴場が苦手だったのに。
じつは、一部のアジアを除き、裸でみんないっしょの風呂に入る、という文化が外国にはないため、日本独特の「裸の付き合い」を苦手に思う外国人は多い。
この裸で、というのがポイント。いわゆるホットスプリングス(温泉)は西洋にも存在するが、水着を着て入るのが常識なのである。
妹の夫ビル(アメリカ人)は日本に住んでもう5年になるが、いまだに大衆浴場には行かないらしい。裸の付き合いに慣れないのもあるが、周囲の視線が気になってゆっくり入れないらしい。
かわいそうなビル。
でも、190センチの黒人をつい見てしまうじじいたちの気持ちもわからなくはない。
ペリーが来航した時の下田の民もそうだっただろうし(ペリーは黒人じゃないけれど)。
いっぽう夫の場合、高身長でも黒人でもないけれど、湯船に入るとジジイたちがくもの子をちらすように出ていってしまうらしい。
ホワイ ジャパニーズ ジジイ。
「今日も俺が入ったらみんな出て行った」と夫が寂しい顔をするからやめてはくれまいか。
と思ったのだが、なにやら最近は「独り占めできていい」とその逆境を楽しんでいるではないか。
さすがはポジティブアメリカン。前向きにとらえるのが上手な民族である。
***
そんなある日。
いつものように、夫が近所の銭湯へでかけたときのこと。
いつものように「ジジイたちの塩対応」を期待して、混みあう男湯へ足を踏み入れた夫であるが、どういうわけか、いつもは蜘蛛の子をちらすジジイたちが微動だにしなかったのだ。
???
ホワイ ジャパニーズ ジジイ?
とまどう夫……。
広々できない足……。
呼吸できないちんこ……。
ホワイ ジャパニーズ ジジイぃいいいいい!
銭湯へ行きすぎるあまり「仲間」として認められてしまったのか。それともすくなくとも「敵」ではないと思われたのか。
真相はジジイのみぞ知るであるが、「ペリー下田効果」(なんだそれ)は3年目にして効力を失ってしまったようである。