最高を求める虚しさ。今日の写真は豪華な仕出し弁当。
最高を求めるのはなぜだろう?最高だと思ってもさらに上があるのです。
最高の品性、最高の品質、最高の品格
品性とは、人が備えている性格。
品質とは物が備えている特性、属性。
品格とは人や物の良し悪しをいいます。
どれも基準がありません。他人の評価で決まるのです。
品性は心。品質は体。品格は心と体のバランスを保つ技です。
最高の心、最高の体、最高の技は存在しないのです。
心が落ち込むと体も落ち込みます。それは仕方のないことです。
技が落ち込んだ心を救ってくれます。心が救わられると体も救わられるのです。技を磨きましょう。技は経験で磨かられるのですが、経験だけでは技にならないのです。
経験から学ぶことで技になるのです。
書物から学ぶ事も技になるのです。技は司令塔です。頭脳です。知識です。知恵です。知恵だけに頼る事はできません。心がどのようになっているのかを知るのです。体もどのようになっているのかを知るのです。
最高を求めると自分を見失います。最低を求めるとバランスが保てません。
平均は統計的な数字であって真実を見ていません。最高でも最低でも平均でも無い今の自分を素直に出してありのままの自分を知りましょう。評価する必要は無いのです。
自分の欲望を満たす事が幸せだと心は思っているのです。
心が思うと体が行動に移すのです。思い通りにいかないのは知恵が足りなかった為です。知恵とは判断です。事実を知って自分の幸せになる道を判断するのです。
道が見えていなければ判断もできません。
最高を求めてもそれが最高だと誰が判断するのでしょうか?
今、見えている道以外に道はないのだろうか?
道は見えているのだろうか?
最高の道を選択するのは最高を求めるのとは違うのです。
道の先に何があるかわかっていなくても道標はあるのです。
道があるという事は先に誰かが歩いているのです。
道が無ければ自分が先人です。道がなくて道を作る人は誰よりも先頭を行っているのです。道標はありません。道標を書く為には戻らなくてはなりません。この先行き止まりと道標に書いてあっても理由がわからなければ役に立たないのです。
わたしは、新しい道標を書きます。なぜならコンピュータやインターネット、AI等昔の道標には無かったのですから、異なってくると思うのです。
さらに未来はもっと文明が進歩するでしょうから学んで新しい道標を書いてください。それを伝えていくのが文化です。