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塔2024年7月号若葉集より(好きだなと思った歌10首)

塔の会誌を読みながら、ああいいなと思った歌に印をつけています。印をつけただけだと忘れてしまうので書き写すようにしています。
こちらではそのうち10首を紹介します。

後輩の妙な敬語が抜けてゆき北口はいつも眩しいところ/石田犀

淡々としながらもうねりを感じる。
学生か職場かわからないが、ぎこちない後輩が徐々に慣れてきてタメ口に近くなってきたのだろう。
妙な敬語と言うところに関係性が滲む。
北口は南に比べて薄暗そうなイメージがある。昼間ではなく夜のネオン的なものだろうか。
そんな夜を後輩と過ごして敬語が抜けていったのであれば……。深読みしすぎだろうか。

春の補講帰りのただいまの響きでまひるの母の不在を計る/古井咲花

家の中に広がる自分の声の反響。気配とも言うのだろうか。そこをうまく描写している。
母がいるかどうかを気にしている主体。いないなら寂しいし、いないなら自分だけの時間を楽しもうとどちらの感情もあり得る。春の補講と言う思春期に似た表現が世界観を作り上げている。
「あ」の音も、優しげに感じた。

紙エプロンいらないけれど紙エプロンいりますかって訊かれなかったな/水沢穂波

つぶやきみたいな短歌は大好き。
紙エプロンは必要なさそうに見えたのかもしれない。そこを気にしてしまう主体の気持ちがいじらしい。
人は何かに属している。無意識に分類されている。ほんの些細なことに、真理的なものが潜んでいる。
そんなことを感じさせる一首だ。

色淡きさくら模様の便箋にひらがな多くあいさつを書く/立岡史佳

うっすらとピンクの美しい便箋には、固い文字や言葉は無粋だ。このようにわざわざ言い換えて書くことも無粋に思えてきた。
紙の色に合わせて言葉遣いや書き方を変えていく主体の豊かな心情が感じられる。手紙とともに、きっと心遣いも届くのだろう。

雑談は移ろって横断歩道渡る頃にはすこし ふしぎ/とりばけい

二人歩きながら、雑談をしている。
雑談の内容が横断歩道を渡る頃には変わっている。
渡るまえ、渡った後に話の内容だけではなく関係性までも変わってしまったのかもしれない。
プラスかマイナスかはわからない。
季節が移ろう、のように移ろうには一歩引いている客観的な視点が混ざっている。
当たり前のように進んでしまう状況に、主体だけ違和感を感じたのだろうか。
四句切れ。結句が一字明け、字足らず。
ここに空気感が詰まっているように感じた。

外からの風に圧(へ)さるる換気口 言いよどむこと多いな春は/中嶋学

換気口は内側の空気を外に逃すもの。外の風が強い時には、うなるような音を立てて頑張っている時もある。
人間関係において、プレッシャーや気圧されることもままあるが、それを換気口に見立てて、言い淀むにつなげていて巧みだと思った。
春はこれから始まる季節でもあり、新しい人間関係の構築で、今は言わないでおこうと考えているのかもしれない。
物憂げな様子も感じられる。

生きることのひとつのこたへ春風に千切られながら交尾する蝶/藤田ゆき乃

「生きること」って何だろう。色々な解釈がある中で、これが一つの答えというところを鮮やかに描写している。
この蝶にとっては、種を残すことが答えなのかもしれないが、どちらかというと「春風に千切られながら」に力点があることに注目したい。
初句二句の気高い視点に負けない下句の描写が見事だと思った。

「めぇ!めぇ!」と笑う園児に両の手でまるいメガネを作ってみせる/細尾真奈美

初読では、笑い方をデフォルメしていて、めぇめぇというオノマトペで表現されたヤギのように声を上げる園児を思い浮かべた。
それもそれで可愛らしいが、メガネの「め」であった。
メガネに興味を持ち、この世界の色々なことに興味を持ち、反応をする園児。
その園児に正対し、やってみせる主体。二人の登場人物の関係性が詰まっていて和む。

祈るときは呼吸を少し止めている 無風の野原のような横顔/潮未咲

一緒にいる相手が祈っている顔を見ている。相手は目を瞑っている。主体は目を開けてのぞき見ている。
意識をしたことがなかったが、祈るときは確かに息を止めがち。そこにまず気付かされた。
相手の方の祈る横顔に無風の野原を感じている。ただ広い空間。
主体にとって落ち着いていられる存在であることが感じられる。

砂粒を時間のやうにこぼしつつジャングルジムを子は登りゆく/小金森まき

砂と時間の関係は、砂時計のイメージがあり、相性がよい。
しかしこの歌では砂時計ではなく、子どもからこぼれていく。こぼれ出していく。
子どもにとって時間とは無尽蔵なもの。
子からこぼれていくものは、砂であり同時に時間でもある。
何度もジャングルジムを登って、降りてを繰り返しているのだろう。
親としては実は早く帰りたいかもしれないが、そんな子の行動をずっと見て受け入れている主体の眼差しがやさしい。。

以上です。
お読みいただきありがとうございました。

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