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染織・前川多仁 展『咆哮』 / 作家インタビュー
2020年3月に開催した個展『Shangri-la』は、コロナ禍の訪れと時を同じくし、奇しくも時代の大きな転換点を記録する展示となりました。
この約五年間の間に大きく様変わりした世界に、染織の鬼才・前川多仁が祈りを込めた新作を放ちます。
個展『咆哮』開催に先立つ作家インタビューをどうぞお楽しみください。
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—インタビューでは初登場となりますのでまずは略歴からお願いします。そもそも染織を志したきっかけは?
そもそもはすごく簡単なきっかけで、ファッションと現代美術、そのどちらも凄く好きだったんです。大学受験でコースを選ぶ時に、染織はファッションと現代美術の中間にある感じがしたんですね。そのイメージだけの軽いノリで大阪芸術大学の工芸学科染織コースを受けたんです。大学では染織の中でも絵画的な表現ができる「ろうけつ染め」という技法を専攻していて、工芸の世界にどんどんのめり込んでいきました。
—ファッションと現代美術への憧れからスタートして、工芸の世界と交わるんですね。
大学卒業後は一旦就職したんですけど、28歳の時に「もう一度染織をやりたい」と思って退職、染織の世界に戻ったんです。そこから作家としていろんな活動をしていたら、32歳で母校である大阪芸術大学の大学院から声がかかったんです。
実績も認められたおかげで飛級試験の対象になり、修士を飛ばして博士課程に進むことができ、染織の博士号をいただきました。
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その後は大学の助手をしたり、働きながら制作を続けてきました。ニッチな世界なのでなかなか大学のポストも空いておらず。
この頃から自分の作品にデジタル技法を使い出してるんです。本当は工芸こそデジタルと凄く近いところにあるはずなのに、手仕事を礼賛してデジタルを嫌う風潮が少なからずある世界です。それもあって僕は染織の業界からは異端として扱われてきたんですね。最初の頃は物珍しさでいろんな展覧会にも呼ばれたりしたんですけど、今は染織業界と距離をおきつつ一匹狼的に活動をしています。
—機織りの機械こそデジタルな発想であると以前にも仰ってましたね。
そもそもコンピュータの元になってるのが機織り器なんですね。タテ糸とヨコ糸のゼロイチ進行で作るので、考え方としてはコンピューターの起源には染織がある。
別の観点から言えば、量産/コピーもデジタル的な発想です。分業制で成り立つ工芸の世界では、職人は常に同じものを作り続ける必要があります。製造過程のどこかで乱れがあるとゴールが成立しなくなる。だから同じものを作る技術を持っていることが良い職人の条件となります。それはデジタル的なコピーに近しい考え方です。その意味でも工芸にはそもそもデジタルの要素が備わっているんです。現代では手仕事至上主義のような流れもあってなかなか伝わりにくい話ではありますけれども。
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—それではデジタルとの近しさを踏まえて、制作技法についてお伺いします。
すごく複雑なので、ざっくりと簡略化してお話します。
写真であったり、筆やボールペンで描いたイメージ、液晶タブレットで描いた形などをデータで取り込んで、コンピューター上でレイヤーにしていくんです。大きな作品だと300〜500くらいの層が重なっています。そんな膨大なデータをそのまま扱うとコンピューターが動かなくなってしまうので、30レイヤーくらいで圧縮して一枚にする。それをまた重ねて・・・の繰り返しです。それをトータルすると300〜500くらいのイメージが重なっている計算になります。
全てをコンピューター上だけで完結させることも今なら可能ではあるんですけれども、墨の線での偶発的なニュアンスや、ボールペンのカリカリとしたテクスチャーとかは液晶タブレットだけでは物足りないので、実際に物体として描いてからデータとして取り込んでいます。
—手書きを含めてあらゆる手段でモチーフを描いて、データとして取り込んでイメージを仕上げていくんですね。
元々学んでいたろうけつ染めの場合も、ろうで描いたところは染まらないという技法なんです。それを層にしていくので、考え方としては今やっていることもろうけつ染めと似ている部分があるんですよ。だからこの技法と自分の相性は良いのかな、と思います。
そうして出来上がったデータから、フィルム状のものに染料を出力するんです。それを布に重ねて瞬間的に熱をかけると、染料が昇華され化学変化によって布に染まるという技法です。アパレルで言うと三宅一生が得意とした技法ですね。
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—それでは今回の展覧会『咆哮』のコンセプトについてお伺いします。
“芸術は呪術である”とかつて岡本太郎さんが仰っています。この言葉に初めて触れた時からずっと自分に刺さっているんです。
宗教が機能しにくくなった現代の人々もやっぱり「神なるもの」とか、神に近い存在に願いや救いを求めないと生きることが困難なくらい弱い存在なんじゃないか、と思うんです。その「神なるもの」の象徴がアイドルとか特撮ヒーローだったりするのかもしれません。そんなことから僕の思う「神なるもの」を作り続けているんです。そのテーマは常に根底にあります。
ですので自分自身では「美術家」というより「シャーマン」に近い感覚で作品制作をしています。
今回は特に『咆哮』のタイトル通り、「大口真神」であるオオカミ(大神)を中心に据えて、自分が最も影響受けた映画『もののけ姫』のような世界観を表現したい、と意識しています。
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—それでは各作品について伺います。まずは今回の一番大きな新作である屏風について。
実はこれが純正で伝統的な屏風のサイズなんです。中身がアバンギャルドなので、形はオーセンティックに京都の井上光雅堂さんに仕立てていただきました。
絶滅する前のニホンオオカミは山の食物連鎖の頂点にいたんです。最近では獣害も騒がれていますけど、それはニホンオオカミが絶滅して食物連鎖が崩れてしまったことも原因のひとつと言われてます。
そうした災厄からの守り神として、実際にオオカミを祀っている神社も各地にあります。これがいわゆる「大口真神」です。僕自身も丹波篠山という山に囲まれた田舎で育っているので、山の神様にすごく親近感を覚えて、自然と大口真神にも信仰心を抱いています。ニホンオオカミはもういませんけれども、動物園などでオオカミを見ると涙が出てくるくらいに神々しく見えるんです。
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守り神として、生命力に溢れた大口真神を屏風としてメインで表現したかったんです。
大口真神が左右で阿吽になっており、生地はペイズリー織のものを使っています。ペイズリーもルーツであるインドにおいては生命力の象徴です。生地とモチーフの全てが組み合わさることで、たった一枚のこの布にエネルギーや生命力を溢れさせたかったんです。
そして裏側の中央を黒く染め、大口真神の生命力溢れる世界へのトンネルのようなイメージで作りました。
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—真ん中が黒く極彩色に変化していく。その過程でも様々なモチーフが集まっています。
ここで重なっているものは全て自然のモチーフです。自分で描いたものもあれば、写真によるコラージュだったり。それらをスキャニングして加工して貼り付ける中で、自然の持つエネルギーを高めていく感覚です。ベースには蛇柄もあしらっています。蛇も日本では神様として扱われますけども、この一枚の中にいろんな神様が複合的に存在していて、その頂点で大口真神が阿吽の姿で神々を従えているイメージです。
繰り返しになりますけど、染織作品って本当にたった一枚の布なんですよ。彫刻や陶芸のように立体的ではないことは弱みでもあるんですけど、僕はそれを強みにしたい。ただの一枚の布がこんなにも大きなエネルギーを発するんだ、という驚きを作りたいんです。
村上隆さんの仰る「スーパーフラット」よりも僕の作品はもっとスーパーでフラットですよ。
そしてミクロで考えると、実は織というのは構造的で立体的にも捉えられるんです。平面でありつつ構造もある。この二極性が染織の面白さでもあります。
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—最新作の破魔矢を用いた作品シリーズについて伺います。
三年ほど前から弓道を習い始めたんです。
弓を引く時の音を弦音(つるね)と言いますが、空間を清める力があるとされるんです。
また、矢には神が宿るとも言われています。お正月に神が宿った破魔矢を新調するのもそこからですね。「弓神事」が行われる神社もたくさんあるなど、弓矢は日本においては神聖な道具であったんですね。
先ほど触れた『もののけ姫』の冒頭でも、祟り神になった巨大なイノシシをたった一本の矢で射止めて鎮めるシーンがあります。たった一本の矢で鎮められるはずのない大きさなのに、矢に宿った神の力を発揮しているんですね。
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そして日本ではおみくじを結んだり、複雑な結びの形に祈りを込めた「水引」というものもあります。つまり「結ぶ」という行為に特別な思いがあり、結ぶことで希望や願いを込めていくんです。
神の力が宿る破魔矢に、僕の布を結ぶことで、今この世界で起こっている戦争であるとか、貧困や巨大な社会の矛盾から抜け出すことができるようにという願いを込めて、そして矢に更なる力を込めるように制作しました。お守りみたいな作品です。
たくさんの矢が集まっている作品はいけばなや盆栽のような感覚もあります。矢勢がスパッスパッと感じられるように、邪気を鎮める力が感じられるように角度と造形を作り込んでいます。
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—「大口真神」をモチーフとしたパネル作品についてお聞かせください。
これもお札やお守りみたいな作品を作りたかったんです。お札にするには大きいですけど。
昔小さな御守り作品を作ったのですが、実はあの中身は大口真神でした。今回はそのパネルバージョンとして制作しています。イラストっぽい大神を描きたかったという気持ちもあります。アイコニックで、お札にありそうなテイストで、省略した象徴的な表現ですね。
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—象徴的表現として、文字をあしらった「南無阿弥陀仏」もあります。
これも文字は墨で描きました。数年前にヤンキー文字シリーズに取り組んだ頃から目で見た漢字の形と意味との二面性に面白さを感じるようになったんです。そこから発展して禅語やお経を書くようになったんですよ。今回は誰もが知ってる「南無阿弥陀仏」。これを唱えれば浄土の世界にいけます、というのは今の暗い世の中に希望をもたらす考え方ですね。
そうした願いを込めて、初めて「南無阿弥陀仏」を書きました。
この言葉もサンスクリットからの当て字で、意味と音と字面の組み合わせにある種の絵画性みたいなものも感じます。その多面性が面白いんです。
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—続いて最新作の『swallowtail butterfly』シリーズについて
タイトルは日本語にすれば「アゲハ蝶」なんですけど、この作品は中心から左右対称になっています。
人間の脳は識別不能なものを見た時に、人の顔に変換してパーツを見出そうとするんですよ。この作品は凄くその作用を促してくれるんです。左右対称の画面の中から目鼻耳口がたくさん見えてきて、いろんな顔が浮かび上がってくるんですよ。例えばトーテムポールみたいな感じで神様の集合体のようにも見えます。小さな神様の集合体のようなアゲハ蝶が「神なるもの」でありつつ、大口真神の世界で飛び回っているイメージですね。
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—遠近それぞれで眺めると見えてくるイメージが全然違いますよね。
ペイズリー生地の模様も組み合わさると左右対称に見えない瞬間もあって、浮かんでくるものが全く変わるんです。自分は静止して同じものを見ているのに動きがあるようにも見える。それも含めて染織の面白さで、現物でご覧いただきたいポイントですね。
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—『sukhavati』で描かれたメリーゴーランドは以前の作品にも登場したモチーフです。
タイトルはサンスクリット語で「天国」とか「極楽浄土」という意味ですね。僕にとってメリーゴーランドや遊園地は天国みたいなものなんです。遊園地みたいな天国のイメージを子供の頃から抱いていて、神様の世界の一つの象徴のようにも捉えられる。遊園地=メリーゴーランド=天国というイメージで繋がってるんです。
花もドンっとあって象徴的でお札のような、工芸的で表徴的な表現がしたかったんです。
—J.Dサリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』で、土砂降りの中で回転木馬に乗る妹を主人公が眺めて感極まるシーンがありますけれども、子供の世界に閉じ込められたまま周り続ける、というのも一つの天国的なイメージのように感じます。同時に輪廻も思い起こさせますね。
なるほど。それもメリーゴーランドにある天国的な感覚ですよね。とても大きな宝石箱の中に閉じ込められたまま、くるくると回ってる。それが僕にとってのsukhavatiなんです。
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—続いて『極楽鳥 2024custom』についてお伺いします。
こちらは以前に制作した作品をリモデルしたものです。
極楽浄土の世界では六つの鳥が飛んでいるそうです。その中に含まれるオウムを描いたんです。右上にオウムの顔がありますよね。極楽への道案内をしてくれる、導く鳥としての「極楽鳥」です。
—そして今回はプロダクトも各種出品されます。
今回は新作であずま袋を作ったんですよ。日本の伝統的な袋ですね。これに初めて挑戦しました。お弁当箱サイズの小さいものもあれば、結んだらトートバッグになる大きめサイズも作ってます。表裏兼用でも使えます。
帛紗と古帛紗は新作が六種類あります。白白庵にいらっしゃるお茶人の皆様にもお手にとっていただければと思います。
—久しぶりの白白庵個展、まだご紹介しきれない作品も多数ですのでぜひ会場にて、じっくりと作品をお楽しみいただきたいですね。
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~ 大神は放たれた。 〜
南青山・白白庵 企画
染織・前川 多仁 展
『咆哮』
会期:12月7日(土)〜27日(金)
*会期中の木曜定休
時間:午前11時~午後7時
会場:白白庵、オンラインショップ特設ページ