春の夜の夢‐上‐
夕子さんは最近、私のことを名前で呼ぶ。
「陽太君、何してるの?」
「陽太君、週末忙しい?」
「陽太君、お腹空いた。パン買って来てよ」…これは違うな。ただのパシリだ。とにかく私は夕子さんに名前で呼ばれることにすっかり慣れてしまった。
ある日、図書館で私にしては珍しく勉学に励んでいたら隣の席にいつの間にか夕子さんが頬杖をついて座っていて驚いて思わずのけぞった。
「珍しく勉強してらっしゃる…。」
「び、びっくりしたなぁ。勉強くらいしますよ。大学生ですよ一応。」
「ふぅん。感心、感心。」
本当にそう思っているのだろうか。いや、思っていないな。
「夕子さんは勉強しなくて大丈夫なんですか?あっそういえば就職とかどうするんですか?もう、そういう時期ですよね」
夕子さんはスッと立ち上がり、ふふんと微笑んだ。何もかも見透かしたような目で私の瞳を覗く。
「私、家業継ぐからね。就職の心配はなーし、なのよね。あ、そうだ。今週の土曜日に初仕事だから一緒に来ない?どうせ暇でしょ」
「いや、まぁ暇ですけど…。でも、俺にだって用事のひとつやふたつあ…」
「よし、決まり。来週は私とデートだ。私の実家、一度来たことあるよね。そこに夜10時集合。異論は認めない。じゃあね」
朝でなくて夜の10時?一体、そんな時間になんでデート??いろいろツッコミたかったが夕子さんはするりといなくなってしまった。本当に彼女だったのだろうか。もしかして狐狸の類ではないのだろうか。ここは古都金沢そういうことがあっても不思議ではない。
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