春の夜の夢‐中‐
夕子さんの自宅は東山の細く怪しい小道を抜けたところにある。夜にその小道を歩くの実に恐ろしい。とろんとした暗闇が足にまとわりつきそのまま闇の中に落ちてしまいそうだった。なんとか自宅にたどり着くと夕子さんが細長い木箱を抱えて待っていた。夕子さんは私を認めるとその木箱をぐいと私に押し付けた。
「さあ陽太君、楽しい楽しいデートの始まりだよ」
夕子さんはそう言うとスタスタと歩き出した。私はその後をトボトボとついて行く。一体どこへ行くのだろう。彼女に聞こうと思ったが気を抜くと置いて行かれそうだった。彼女はいつもこんな感じだった。
夕子さんが足を止めたのはある旧家だった。彼女はためらいもなく「ごめんください」と玄関の引き戸を引いて開けた。玄関では和服姿の白髪の男性が正座して待っていた。私たちは会釈した。
「よくおいで下さいました。さ、どうぞ」
男性は挨拶もそこそこに奥の部屋へ私たちを案内した。案内されたのは畳敷き8畳の部屋だった。私はわけもわからず部屋に入り正座した。
「いつ頃からやって来るようになったのです?」とこの家に来てから口数少なかった夕子さんが男性に尋ねた。
「そうですな…2・3日前でしょうか。…その、今日はお父様でないので?」
「ええ、父は少し体調を崩していまして代わりに私が。不安かと思いますが精一杯やりますのでよろしくお願いします」
「はぁ、それではよろしくたのんます」
男性はそう言うと部屋の戸を閉めた。夕子さんを見ると唇を噛みしめて「悔しい」と小声で呟いた。
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