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小麦を蒔く その1

何かができそうな気がして強烈に欲がむくむくと湧いてきた。
自分で小麦を作りたい。

先日、自然農法で有名な明石農園に見学に行った経験がいい影響を与えてくれた。父の畑もあるんだし、ただ頭の中でこねくり回しているだけよりは、実際に土に種を蒔いたらいいんじゃない?そしたらできるんじゃない?祖父母は同じ場所で小麦を作っていたわけだし。多分、できるでしょ。私は一人で無謀な計画を考える時が一番燃える(&萌える)癖がある。

そもそも、なぜ小麦なのか。
本当のことをいうと、今の先の見通しが立たない世の中で、一体どうしたら精神的な安定が得られるのだろう?という漠然とした不安があった。私はある体験を通して自分のメンタルヘルスを何よりも重要視していて、そんな自分なりに考えて出したいくつかの答えのうちの一つとして、自分で食べる穀物を自分で作る、というものがあった。実際に目にして手に取ることのできる安心と、食べて空腹を満たすことができるものを作りたい。それならなんとか生きていけそうな気がしたからだ。

今、スーパーに行けば輸入小麦粉が1kg300円くらいで簡単に手に入る。普段私たちが口にしているパスタやパンやうどんやお好み焼きなんかの粉もんはほとんど輸入品だ。小麦の国内自給率はカロリーベースで17%(2019年度)。価格競争ではどうしても海外産に負けてしまう。

うちは決して大規模な農場ではなく、そんな国単位の話は大げさだと思われるだろう。もちろん大きな農場の存在は食料自給を考える上で重要だ。ただ、日本全国各地でそれぞれが家庭的な規模でその土地で作れるものをできるだけ作る、というのもこれから大きな気候変動の時代にあった農業の在り方なのかな、と素人考えだけれどついつい考えてしまう。今までと同じようにというわけにはいかないのでは、という考えが基本的にある。私はステイホームな時期にスーパーから小麦粉が消えた時のことが忘れられないし、地震だってこれから気が抜けない。

いやいや、こういう主語の大きな話は後から付け足しの考え。私自身のことに戻ろう。

やっぱり、私がなぜ小麦を作りたいかと思った理由は、私の地元東京西部の小平の昔のことを調べていくとどうしても小麦栽培、そしてうどんの話にぶち当たるから。
実際に武蔵野うどんを打つ保存会の講習会に参加して自分で打ってみたりもした。小平で小麦を作っていた主な理由はこの2つだ。

1. 小平では水源がないので田んぼ(水稲)はできない。
2. 麦は痩せた土地でもできる。

かつては主要作物だった小麦を栽培する農家は、現在小平では2軒のみになっていた。そのうちの1軒の農家さんに小麦栽培の実際のところのお話を伺ってきた。

何代も続く、歴史ある農家さんのお話によると、

「小麦は蒔けば芽は出る。別にどうってことはない。ただ、刈り取りと脱穀が問題で、刈り取りと脱穀が同時にできるコンバイン、もしくは刈るのは手作業でその後は脱穀機が必要。その後に粉にする製粉所も、最低引き受け単位が決まっているからあまり量が少ないと引き受けてもらえない」

加えて麦の種は一般には販売しておらず、農協か種屋からネットで購入するしかない。歴史ある農家さんはご親切に自家採種した麦の種を譲ってくださった。

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歴史ある農家さんのようなある程度大きな規模で正統派の農法で小麦をやろうとすると高価なコンバインなど機械が必要で、トマトやピーマンのように気楽に作れるものではないということがわかった。
その後調べまくったところ、脱穀に関しては昔の手動の脱穀機がネットオークションやフリマサイトで売られているし、「千歯こき」という大きな櫛のような昔の農具も売られていることがわかった。製粉も、量が少なければコーヒーミルでもできるというライフハック(?)もあるらしい。今回は作業は無茶苦茶大変かもしれないけれど昔の農具や裏技を使ってなんとか切り抜けることを視野に入れてみよう。

さて、脱穀は6月の収穫まで時間があるのでなんとかして解決する方法を探すことにして、まずは父に畑を貸してくれ、と頼まなくては。父の反応はかなり塩っぱいだろうと予測される。真面目で実直な父は、ヘンテコなことばかりやらかすトンチンカンな娘の言動にはうんざりさせられている模様。

「麦ぃ?どうすんのさそんなもの作ったって刈り取りとか。できるのはともかく粉にするまでが大変なんだよ小麦ってのはさ。おじいちゃん達が使ってた脱穀機は捨てちゃったよ、古いから」

「ネットで売ってるんだよ、脱穀機。なんなら千歯こきって昔の農具がヤフオクとかで買えるから、先人の苦労を偲んで頑張って手作業でやってみようかなと思ってさ」。

納得いかない様子の父、なんだかんだとやりたくない理由をぐちぐちと並べて不服そうだ。

今日はあきらめて、一度で話を終わらせずに、日を改めて話してこちらの本気度を行動で見せることにしよう。とりあえず今回は退散して出直す作戦に切り替え、数日後にまた父に打診してみた。

「あ、肥料の準備をしようかなと思って…。もらってもいいかなぁ?」

「麦をやるんだっけ?」

父はやる前から麦をやらないほうが良い理由をアレヤコレヤ並べてまくしたてる。要約すると、「とにかく大変だから」。

「うん、わかった。大変なのは承知で、先人の苦労を味わってみようかなと思ってさ」。

「肥料とか必要なもの調べておいて」と父は言った。

あれ?もしかして?

そのまた後日、作業小屋を訪れると、牛糞の肥料の袋が増えている。
あれれ?

父「買っといたよ、20kgを4袋。牛糞がいいらしいよ、小麦には。あと化成肥料と苦土石灰」。

なんだか気がついたらものすごい前のめりになっている父。種を蒔く予定を決め、「当日は9時集合だから」。いつのまにかに総監督は父になっていた。

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大石慶子
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