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『なくしてしまった魔法の時間』を読み聞かせられた幼い子どもは

 子どもの頃、眠れないと母親が読み聞かせをしてくれた。小説家の母親は、必ずしも本に限らず物語を文字通り、物語ってくれた。時にはわたしと母と、姉であるうさぎが空にお買い物に行くお話。毛布の上が、わたしだけのお家になるお話。わたしは、既存の本の読み聞かせよりも、母が即興で作るお話の方が好きだった。

 うさぎの姉……?となった方は以前の記事をご覧下さい。

 とにかく、寝る前はわたしの幸せな時間だった。眠れ無くなってしまうほどに。いつしかその読み聞かせは対象がわたしの弟に代わり、わたしよりよっぽど現実主義者で全く性格の合わない弟が「寝る前になにかを想像すると、興奮して寝つきが悪い」と言い出してその習慣は終わってしまった。

 夜の読み聞かせに既存の本を使うのではなく即興で物語を創り出す母は、小説家の端くれである。端くれというのは身内である故の謙遜であり、まあ、つまり、わたしは小説家二世ということなのだ(これは一切謙遜ができていない)。小説家の母は、本のセレクトも中々尖っていた。『ビロードのうさぎ』は酒井駒子さんの絵でリニューアルされたが、それ以前のものを擦り切れるまで読み聞かせてもらった。

 今読んでもなかなか切ない。

 多分、切ないものが好きだったのだと思う。推理小説を好んで読み、書く母は、わたしからしたら生死観が冷めていたし、切ない命だからこそ紡げる物語というのを彼女は愛していたのだと思う。母親自身、病気と向き合ってきていて、命に真摯に向き合っているから、子どもからすれば「冷たい」考えにもなったのかもしれない。

 母が好んで読み聞かせした中で、いちばん忘れられないのは『なくしてしまった魔法の時間』(安房直子)だ。作者自身、五十歳でこの世を去ってしまった、貴重な才能である。幻想的な作風の中にシリアスな冷たさがある。古来からの日本らしさや、今思えば民謡から拾ってきたような要素も多分にあって、シリアスさを「冷たい」と表現した幼いわたしがこれを読み切れた(聞き切れた)のは、こういう慣れ親しんだ要素が散りばめられていた安心感からだったのかもしれない。

 安房直子について少しお話すると、『きつねの窓』に聞き覚えのある方はいるのではないだろうか。小学校の教科書に採用されていた。

きつねの子に“ききょう色”に染めてもらった指先で作ったひし型の窓。その窓を目の上にかざすと、そこに見えたものは……?

真っ青な桔梗畑で子ギツネに出会ったぼくは、青く染めた指で作った窓のむこうを見せられる。そこには鉄砲で撃たれて死んだという母ギツネの姿があった。ぼくも指を染めてもらうと、昔好きだった女の子が見える。それから母や死んだ妹、焼けてしまった家も……。ずっと青い指でいようと思ったのに、帰宅したぼくは、うっかり手を洗ってしまう。

真っ青な桔梗畑で子ギツネに会った僕は、青く染めた指で作った窓を見せられる。そこには死んだ母ギツネの姿が。ふしぎで切ないお話。

金の星社 公式サイトより

 見覚えがあるのではないでしょうか。この作者です。わたしにとって最も記憶に残っているのは、この方が亡くなってから出された全集全七巻のうち、最初の一巻である『なくしてしまった魔法の時間』。

 わたしの書く小説は「なんだか切なかった」「こんな頃があったなとくるしくなった」と言っていただけることが多い。何故かはずっと判らなかった。わたしが鬱々としているから、だからメンタルが健常になってしまえば今の読者の方々は離れて言ってしまうのだとさえ思い込んでいた。

 この間、「今年のクリスマスはどうするの」と言われた流れで家族を思い出した時に、わたしの物語作りの原点を思い出したのだ。母親がそうやってわたしに物語るから、物語を作るのは「自然なこと」だった。特に寝る前には、一日の終わりが幸せであった印を結ぶ気持ちで物語を締める。これが産まれてからの習慣だったのだ。そしてわたしに刻み込まれた「切ない」DNAは母と、安房直子の流れを汲んでいた。今もこの本を読む時は、低くて落ち着く母の声が蘇るようだ。本を読む時、音に変換しないのは、意識的な速読を始めてから徹底していたことなのに。ここに還ると、目をつぶって物語を必死に目の裏に思い描いて、母の次の一言を待つわたしに戻ってしまうのだ。

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千崎 叶野
わたしが本を出版するための材料になります。本の購入、日本語文法の学習、出版に向けての準備等々。わたしに流れる血肉になります🍷

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