2023年8月 - 今月のスナップとエッセイ
時候の挨拶
夏の夕暮れに、缶ビール。表面についた水滴が、キラリと光る。夫とふたり、コンビニでビールを買った。それを開けて、他愛もない話をしながら帰る。空は橙色に包まれ、影は長く伸びていた。
「ねー!宿題終わったー?」
「俺、理科は半分終わったよー!」
「すげー!早いなー!」
わたしたちの横を駆け抜ける自転車。夕風がふわっと舞い、子どもたちの声が響く。遊んだ帰りだろうか。日焼けした姿が、元気で眩しい。
宿題も理科も、懐かしい響きだ。通ってきた道が霞んで見えるのは、わたしがすっかり大人になってしまったからだろうか。
「夏休み、いいなあ」
「そうだねえ」
小さくなる自転車の背中を見つめながら、わたしたちは缶ビールに口をつけた。口の中には、ほろ苦い夏の味が広がった。
Summer Vacation 2023
8月上旬、少し早い夏季休暇を利用して、千葉へ旅行した。
この旅のメインは、鴨川シーワールドだった。ちなみに、夫は大のシャチ好きである。理由は強くてかっこいいから。理由が可愛い。
わたしたちは動物園や水族館巡りが好きである。撮影が楽しいのはもちろんであるが、単純に動物が好きだ。開園から閉園まで、1日中滞在するのが常である。
念願の鴨川シーワールド。特急わかしおで、安房鴨川駅まで向かう。青い空、青い海。房総半島ののどかな景色に癒やされる。電車内は、浮き輪を持った家族連れやサングラスを掛けたカップルで賑わっていた。
これぞ、サマーバケーション。
安房鴨川駅を降り、送迎バスに乗る。いよいよ鴨川シーワールドに到着だ。入場ゲートを抜けると、目の前は海。波音が響き、日差しが容赦なく照り付ける。しかし海風が涼しく、思いのほか暑くはなかった。
さてお目当の、シャチプール“オーシャンスタジアム”へ急ぐ。会場に到着すると、その距離の近さに心躍った。サマースプラッシュと呼ばれるイベントで、シャチが大量に水をかけてくれるらしい。座席のほとんどの人が、ポンチョを着ていた。
会場は満席。立ち見のお客さんも多い。さあ、ショーの始まりだ。
シャチの大ジャンプ。
飛び散る水しぶき。
観客の大歓声。
トレーナーさんの笑顔。
わあ!かっこいい!わたしも、はしゃいだ。隣では、夫も目を輝かせている。客席がずぶ濡れになるたびに、会場は拍手と歓声に包まれた。
ショーが終わり、わたしたちは口をそろえて言った。「もう1回見たい!」と。今まで様々な動物のショーを見てきたが、鴨川シーワールドのシャチのパフォーマンスは圧倒的な迫力であった。
最終的に、シャチ2回、ベルーガ1回、イルカ1回のショーを見た。アシカのショーや他のエリアも回りたかったが、閉園時間になってしまった。なんで楽しい時間はあっという間なのだろうか?
鴨川シーワールドには2DAYSチケットがある。次回は、2DAYSチケットしか考えられない。
ちなみに、日本でシャチに会える水族館はいくつあるかご存知だろうか?正解は2ヶ所。名古屋港水族館と鴨川シーワールドである。まだシャチに会ったことのない方は、海の王者と呼ばれる彼らの力強さを見てほしい。
お土産を抱え、電車に乗る。
たくさんのシャチグッズが買えて、夫は嬉しそうだ。ガタンゴトン。規則正しく揺れる電車に心地よい疲労感を乗せ、わたしたちはそっと目を閉じた。
冷蔵庫壊れる
お盆真っ盛りのある夜のことだ。
「冷蔵庫、開けっ放しだったかも!」
突然、キッチンから夫の声が聞こえた。まさかと思い、わたしも向かう。冷凍室に手を入れると、氷がぬるっと滑った。うわ、溶けている。
我が家の冷凍室は、開けっ放しでもアラームは鳴らない。しかし、このような経験は初めてだ。しかも、思い当たる節がない。「いつからだろうねえ」と二人で不思議がった。
その1時間後。今度は「ねえ、壊れてるかも!」と夫が叫んだ。わたしは再びまさかと思い、冷凍室に手を入れた。
すると、先ほどより氷が小さくなっていた。見ると、製氷皿の氷も溶けている。
あ、これ、壊れてるわ。
同棲を始めたとき買った、6万円の冷蔵庫。まだ壊れるには早すぎる。夫も「10年使うつもりで買ったのに…」と肩を落とした。
しかし、落ち込んでばかりいられない。冷凍室にあるものは、保冷バッグに避難させた。その合間に、修理か買い替えか議論し、結局買い替えに意見がまとまった。
翌朝。冷蔵庫の復活を祈りながら、夫とその扉を開けた。こんなに神妙な面持ちで冷蔵庫の前に立ったことなど、今までにあっただろうか。
すると、冷凍室はおろか冷蔵室までぬるくなっている。氷枕の溶けた匂いが充満していた。
まずいまずいまずい!
食材使い切らなきゃ!
さて、ここからは宴の始まりだ。
大量のチェダーチーズと、冷凍保存されたお手製バンズとパティ。これで濃厚チーズバーガーの完成だ。大量のバターときのこは、濃厚きのこソテーとなった。
文面だけで胸焼けする。しかし、作りすぎても仕舞う場所がない。なんとしてでも、食べ切らねばならないのだ。これは宴だろうか…?
わたしたちは、この上ない胃もたれを感じながら、庫内の食材を食べきった。新しい冷蔵庫は、すかさずポチッた。
新しい冷蔵庫が来るまで数日間。ぬるいお茶を飲んだり、お惣菜を買ったり、外食したりして過ごした。サイゼリヤで飲んだキンキンに冷えたビールは、この夏一番の美味しさであった。
わたしたちは、壊れた冷蔵庫の前で、記念写真を撮った。彼はもう、ただの箱となって、鎮座している。夫と一緒に、彼を選んだ日のことを思い出して、少しセンチメンタルな気分になった。
その翌日、無事新しい冷蔵庫が届いた。
壊れた彼は、あっという間に運び出されて、新しい冷蔵庫が届いた。どれほど大きい家電も家具も、プロの腕にかかれば一瞬だ。寂しく思う暇もない。新しい冷蔵庫は木目調のブラウン。そのお洒落さに、わたしたちは喜んだ。
さっそく電源を入れて、庫内が冷えるまで待つ。夜、新しい冷蔵庫で麦茶を作った。久しぶりに家で飲む冷たい麦茶は、格別な旨さであった。身体の細胞ひとつひとつが喜び潤うのを感じた。
こうしてめでたく、我が家に日常が戻ったのである。
この話に、オチはない。
よくある冷蔵庫が壊れた話だ。
だか今回、ひとつ学んだことがある。これは、全員に伝えておきたい。よく聞いてほしい。
常温のチューハイは美味しくない。想像以上に美味しくない。わたしは二度と飲まない。絶対に冷やして飲むべきだ。
文明に感謝。
PHOTOGRAPHY_202308
夏季旅行の最終日。写真展「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」を見に行った。
ソール・ライター(1923-2013)は、アメリカの写真家であり、画家である。彼のカメラとの出会いは12歳。1946年大学を中退し、ライターはニューヨークへ行く。そして、そこで出会った抽象表現主義の画家リチャード・パウセット=ダートや写真家のウィリアム・ユージン・スミスの影響により、写真と深くかかわるようになった。
ライターはカラー写真の先駆者の一人として知られている。1948年からカラー写真を撮り始め、都市風景や日常生活をキャッチした独自の視点で捉えた。特に注目を集めたのは、1950年代のニューヨーク市の街頭シーンや商業ファッション写真である。
展覧会は、1950~1960年代ニューヨークのモノクロスナップから始まる。そしてそこで出逢ったアーティストたちのポートレート、商業カメラマンとして活躍した『ハーパーズ・バザー』誌でのカラーファッション写真が並ぶ。大スクリーンに投影されたカラー写真のスライドショーは圧巻で、いつまでも見ていられるほど素敵な空間であった。
わたしが最も感銘を受けたのは、やはりライターのスナップである。それを見ながら「わかる!わかる!」と大きく頷いた。構図や光、そして視点。そこには、スナップを撮る者として、通じ合うものがあった。わたしが同じ時代・同じ場所にいたら、ぜひ彼と話がしてみたかった。
そして感じた。今撮っているわたしの写真は、結局のところ誰かの二番煎じどころか、何万煎じに過ぎないのだ、と。撮りつくされたものをなぞるように撮っているのだ。
過去のデータを学習し生み出されるAI写真を揶揄できない。だって、わたしの写真もそうであるから。
2020年代、日本で生きるひとりの人間が撮った写真。そこに価値はあるのか。そんなことを考えても、答えは出ない。だから、わたしはただ撮り続けるしかない。それがカメラを持っている者の宿命なのだ。
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それでは、良い写真生活を。
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