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【小説】魔女の告解室vol.8

前回のあらすじ
 魔女と人間が共に暮らす街。長老が死に、後継者として、命を受けた、最年少の魔女エレナは、魔女集会に臨んでいた。魔女には人間と共生してこうとする者と、人間を滅ぼそうとする者がいるらしい。
 エレナの長老就任に騒然とする教会で、喪服の魔女リコリスとエレナは静かに視線を合わせていた。

第二章 リコリス

「皆さまお静かに、長老より承った言葉を代読させていただきます」

 
 壇上の際で話す世話人のスピラの声に、教会内は再び静まり返る。静まりはしたが、壇上の中央に立つ、エレナは、魔女たちの殺気を一心に受けて、立ち尽くしていた。

 
 上席に座る、喪服の魔女、リコリスだけが、唯一露出している口元に微笑を浮かべている。エレナはリコリスを正面から見つめていた。

 
「私の寿命も使命も、今や十分に達成されたのだと理解しています。1000年という時の流れの中、多くの娘たちに恵まれ、幸せに生きてきました。思い残すことと言えば、これからも人間と共生していく魔女の運命です。人と家庭を持ち暮らす魔女もいれば、人を憎む魔女もいる。二つに一つの道ならば、一方は滅びを向かえなければならないのか?それはわたしの望むところではありません。ここに、新たな長老となる魔女の名前を記しておきましょう。最も年若いが、最も人と魔女との間で苦しみ、もがいている魔女です。エレナの言葉を聞いてあげてください」

嗚咽する魔女もいれば、いぶかしげにエレナを見つめる魔女、明らかに敵対心をあらわにする魔女もいる。

スピラが声を落とすと、エレナが口を開いた。

「私は人が憎い」

最前の列に座る魔女は、幾分か身構えた様子だった。長老は、人間と魔女の共生を望む魔女だっからだ。その後継者が、長老と真逆の考え方をしている。

リコリスは相変わらず微笑みを浮かべており、エレナもまたリコリスから目線を離さない。

「私は愛する男と、家庭を持ち、一緒に暮らすことが叶いませんでした。貴族の私と、召使いの彼では身分が異なったからです。幸いにも私は魔女でした。魔法を使い彼とそい遂げることができるか、否か。それも叶いませんでした。人に魔法を使ってはならない。こんな馬鹿な決まりがあったからです。彼は人間の娘と結婚し、幸せに暮らすことになったのです」

エレナの告白に、1番驚いたのは、事情を知っているスピラだった。長老に後継者と選ばれたのに、エレナの声は、人間への憎しみに震えていた。

「禁を犯して、魔法を使えば、彼を手に入れることもできたでしょう。しかし、魔法で愛情を手に入れたところで、虚しい、切ないだけ。私は彼を見守ることにしました。漁をする彼の釣竿に魔法をかけ、魚を取らせてやりました。食べ物に困れば木の実やウサギ、リスを届けてやりました。彼の妻に正体を隠して近づき、彼をしっかりと愛してやるよう導きました」

今度は、末席の魔女達が涙を流しはじめた。彼女たちは、魔女のなかでも比較的若く、歴史の浅い、立場の弱い魔女達である。力のない彼女たちの多くは、人間と家庭を持ち、共生していた。

「彼の妻は、彼を裏切りました。先日、不貞を働き処刑されたあの人間の女です。彼の愛を一心にうけていたのにも関わらず、彼女はいとも簡単に、その愛を跳ね除けたのです。皆さま、人間というのはなんと醜く、なんとおぞましい生き物なのでしょうか。長老が人間達との共生に尽力していた理由が全くもって分かりませんでした‥‥長老の死に立ち会うまでは」

魔女たちは、水を売ったように、エレナの話に聞き込まれていた。舞台袖で見守るスピラは、長老がエレナを後継者に選んだ理由を、なんとなく理解しはじめていた。求心力。真紅のドレスを纏った19歳の少女の放つ異彩。それら全てが、彼女を輝かせていた。

「人間と魔女が共生する理由。それは、人間がいなければ魔女は絶えてしまうからです。なぜ、魔女しかいないのでしょうか?なぜ、女しか魔法を使えないのでしょう?なぜ、私たちにだけ(人間の女もいるのに)魔法が使えるのでしょうか?」

そこまで、エレナが話すと、最前列に座っていた喪服の魔女、リコリスが急に立ち上がった。

「エレナさん。あなたがこれより仰ろうとしていることは、魔女を混乱に貶めるものですよ。後継者たるもの、口にしていいことと、してはいけないことの区別は身に付けなくはいけなくて?」

魔女たちの顔には恐怖が浮かんでいた。明らかに、この魔女を恐れている。誰もリコリスの発言を遮るものはいない。

「いいえ、私には言うべき責務があります。若輩ものゆえ、あなたがどなたかは存じませんが、あなたに私の発言をとめる‥」

エレナの言葉は途中で遮られてしまう。

「もうけっこう。貴方は知らないのですね。長老に継ぐ魔女の指南役がいることを。スピラ」

「はい」

「指南役を残し、他の魔女を帰しなさい。いくら長老の御意思とは言え、これ以上、好き勝手に虚言をまかれては困ります。いいこと?」

「わかりました‥」

リコリスの声には、不思議な迫力があった。聞くものの、心に重くのしかかってくるよな、低い声音。口元以外全て隠された、異様な姿。何より、彼女の放つ存在感は、エレナのそれを遥かに凌駕していた。

エレナは壇上の中央で静止し、魔女たちが教会を後にするのを、なす術もなく見送っていた。やがて、最前列の魔女を残し、すべての魔女が消えると、リコリスが口を開いた。

「エレナさん。お言葉を遮ってしまいごめんなさいね。ここに残った五人の魔女を紹介しますわ」

五人の魔女は、それぞれ一人の世話人を従え、最前列に座っていた。エレナが壇上から降りると、リコリス以外の魔女は、被っていたホロを脱いだ。

「こちらが‥」

エレナが驚くのも無理はなかった。教会に仕える修道女の中で、最も位の高い、金の十字架を左胸に垂れた魔女「ガザニア」。街の人々の聖餐式を取り行ってきた馴染みの聖女である。

それだけではない。二人目は、町長の奥様「ドラセナ」で、この町の人なら誰もが知っている。金色の装飾を至る所にはめた、見るからに富裕層という格好だ。

三人目は、町唯一の学校の校長「スカビオサ」で、村の子どもたちはみな彼女から教育を受ける。薄青のチュニックを着込んでおり、五人の魔女の中では一番質素な服装をしている。いずれもエレナのよく知った顔だった。

四人目は、エレナの見たことがない魔女だった。紫色のドレスに茶色の髪色で両耳の前に髪を垂らし、後ろを丸く纏めている。年は30前後だろうか。体のラインがしっかりと見えるドレスで、少女のエレナはたじろいでしまった。名前は「フリージア」と言うらしい。

五人目は、喪服の魔女、リコリスだ。フリージアとリコリスに関しては、エレナが今日初めて見る魔女だった。フリージアは無表情で、リコリスも口元しか見せていない。得体の知れなさにエレナは警戒を怠るわけにはいかなかった。


修道女の魔女・ガザニアがエレナを抱擁する。

「こっちへいらっしゃいな。今日は、とっても立派だったわぁ。それにねぇ、魔女のなかでも、エレナちゃんだけよ。毎日教会へ来て祈りを捧げるような、熱心な子は」

エレナは赤くなってしまう。ガザニアたちに比べれば、生まれたての赤子も同然なのだ。緊張していたのが緩み、泣きだしそうになってしまう。

「スピラ。おまえも早く降りてきなさい。まったく、あなたが着いていながら、どうして無茶なことばかりさせるの。今回のことだって、先に私たち指南役には、先に伝えるべきでしょうに」

ガザニアの隣りに立つ、神経質そうな婦人。校長を務める、スカビオサがスピラを呼ぶ。

「お姉様方、いったいどういうおつもりですか?魔女の総意で後継者を決めると仰ったのは、お姉様方です。エレナは十分にその務めを果たそうとしていたはずですが」

スピラの抗議に、リコリスが答えた。

「先走ってはダメよ?スピラ。無知な魔女たちに、無知な魔女が入れ知恵をするという愚行。混乱を招くと判断したまでよ。それにね、エレナさん。あなたはまだ魔女の秘密を知らないのよ?」

歳の若さで、下に見られることを黙ってはおけない。エレナはむきになって答えた。

「リコリス様といいましたね。わたしは長老のみが知りうることを継承されました。そのうえで、魔女たちに伝えることがあったのです。それをあなたに‥」

「それ以上の反論はおやめください、エレナ様。リコリス様が判断なさったことは正しい。あなたが今すべきことは、議論ではなく傾聴です」

スピラに制され、エレナが口を紡ぐと、リコリスが続けた。

「私たちは後継者として、貴方を認めています。ねぇ皆さん?」

リコリスの問いに、魔女たちがうなずく。フリージアだけは無反応のままだ。

「今日よりあなたを、正式の後継者として、受け入れます。」

エレナとスピラは呆然としていた。巨大な権力を握っている、五人の魔女、指南役が、あっさりとエレナの後継を認めたのだ。常に冷静なスピラでさえ、ことの顛末に面食らっていた。

「私たち指南役は、エレナ・セントフィーリア。あなたを次の長老と認め、これよりあなたを導き、支え、魔女の繁栄のための助力を尽くしましょう」

魔女の繁栄、、それが何を示すものなのか、、エレナにも、スピラにも分からなかった。

得体の知れない五人の魔女により、エレナの長老としての日々がはじまった。


                    (続く)


2020年7月3日 『魔女の告解室』 taiti





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