見出し画像

題名読書感想文:66 西村京太郎トラベル題名ミステリー

 たくさんの本を読むよりたくさんの題名を読んだ方がまだ楽だと気づき、その感想を読書感想文と言い張る。そんな愚かな行為を一言でまとめると「題名読書感想文」になるんです。

 今回のテーマは「西村京太郎さん」でございます。西村京太郎さんと言えば鉄道であちらこちらに行って事件を解決する「トラベルミステリー」と呼ばれるジャンルで有名な方でして、生涯に出した著作は600冊を超え、作品のドラマ化、映画化、ゲーム化も多数されている人気作家です。

 ウィキペディアによりますと、もともとは社会派推理小説を始め、様々なジャンルの小説を発表していたんですけれども、「寝台特急ブルートレイン殺人事件」のヒットをきっかけにトラベルミステリーへ舵を切り、以降は他のジャンルを書きたくても書かせてもらえないほどトラベルな本に注力することとなったようです。

 時刻表を駆使したトリックに定評がありまして、旺盛な執筆活動により、国内に数多ある鉄道を舞台にしまくっております。私の地元のマイナーローカル鉄道でもしっかりと事件を起こされておりましてビビりました。つまり、西村さん創作の世界では鉄道周辺が極端に治安の悪い状態でございまして、鉄道警察を充実させる刑事政策を展開する必要があるんだと思います。

 さて、先ほども書きました通り、西村さんの著作は生涯で600冊を上回っています。基本的に文章を本業とする方の題名は計算されたものばかりですから、不思議な題名にはなりづらいんです。でも、600冊もあると、やっぱり不思議な感じになってしまう題名がチラホラあるんです。

 もちろん、鉄道系に注力する以前の西村さんは様々なジャンルの作品を執筆しておりまして、中にはパロディ小説なんかも書いていたようです。だからなのか、「城崎にて、殺人」なんて題名の本も出していらっしゃる。

 大元は日本文学史に燦然と輝くビッグネーム、志賀直哉の「城の崎にて」だと思われます。

 そこにちょこんと「殺人」をくっつけてミステリーっぽい題名に仕立てたわけです。「城崎なら志賀直哉だよね」ということなのでしょう。

 ただし、中にはパロディなのか何なのか判断に迷うものがございます。例えば、「日本のエーゲ海、日本の死」です。

 個人的には蚊取り線香でお馴染み「大日本除虫菊」のキャッチコピー「金鳥の夏、日本の夏」のパロディっぽく見えます。でも、「〇〇の××」をふたつくっつけた文章なんて、金鳥だろうがなかろうがバリバリ使いそうなものです。だから判断に困るんです。パロディを狙ってるのか、たまたまそうなったのか分からない。

 繰り返しになりますが、西村さんと言えばトラベルミステリー、特に鉄道系でとざいます。鉄道をメインに日本各地へ赴き、時刻表で悪さをする犯人を追い詰める。西村さんの本を1冊も読んだことのない人間が抱くイメージはそんなところです。

 当然、題名ではどこで起きた事件か、何に乗った話なのか、端的に表現しておく必要がございます。時には地元の名産や乗った車両の名前を入れる。もちろん、事件であることを暗に示しておく必要はありますし、ミステリーと言えば結構な確率で殺人事件を扱いますから、「人が殺されるんですよ。それを解決するんですよ」と分かる題名にしなければならない。

 名産と殺人事件、この巡り合わせで、たまたま不思議なことになってしまう場合もあるようです。例えば、「えちごトキめき鉄道殺人事件」です。

 えちごトキめき鉄道は新潟県上越市に本社がある、いわゆる第三セクターの鉄道です。2011年に一般公募によって現在の名前にしたとのこと。ウィキペディアには、名前の由来として次のようなことが書かれていました。

社名の「えちごトキめき鉄道」は、新潟県の旧国名「越後国」を冠して越後の玄関であることをアピールするとともに、心躍る様子を表す「ときめき」に、同じ新潟県の佐渡島で繁殖と放鳥が進められ、県の観光資源の一つでもあるトキをカタカナ表記で配したもので、明るい未来をイメージさせる社名として選定された。

 「ここは越後だし、やっぱトキだよな!」という分かりやすい由来であることが推測されます。結果として、かなりポップな名前の鉄道になっています。

 これが殺人事件と絡めるから不思議なことになっているんです。当然ながら、鉄道会社は殺人事件の舞台になることを想定して名前をつけはしません。「獄門島鉄道」なんて名前をつけようものなら、それだけで客足が遠のきそうです。沿線住民による反対運動だって巻き起こるでしょう。

 西村さんとしては、単に固有名詞を用いただけでしょう。それで、鉄道のポップさと殺人事件のおどろおどろしさが組み合わさり、不思議なテイストの題名が生まれてしまった。ただそれだけなんです。

 鉄道以外にも、殺人事件との巡り合わせで不思議なことになっている題名がございます。例えば、「北軽井沢に消えた女 嬬恋とキャベツと死体」です。

 嬬恋つまごい村は群馬県にある自治体でございまして、涼しい夏を利用した高原野菜の生産でよく知られます。中でも名産品はキャベツです。

 トラベルミステリーとしては、嬬恋を舞台にしたらキャベツは外せません。しかし、日本人に親しみ深いキャベツが、2時間ドラマのタイトルみたいな題名に突然入ってくるわけです。そりゃあ、人間、「災難なら畳の上でも死ぬ」というくらい、何が起こるのか分かりませんから、キャベツ畑でグサッとやられる可能性もあるでしょう。しかし、やっぱりキャベツの浮いてる感は否めない。

 西村さんのお話では、十津川警部という主人公が有名です。そんな十津川警部も不思議な名前の殺人事件を解決していました。それが「十津川警部 鳴子こけし殺人事件」です。

 鳴子は宮城県北部にございまして、温泉どころとして知られています。そして、もうひとつ有名なのがこけしでございまして、「鳴子こけし」と呼ばれているようです。

 当然、こけしを活用したミステリーがあってもいいわけです。こけしで密室を作ったり、こけしでアリバイをでっちあげたり、こけしで凶器を隠したり。でも、やっぱなんか半笑いになってしまうんですよね。こけしで悪さをする殺人犯も「自分は何をしてるんだ」と我に返ってしまわないか心配になります。

 こけしと殺人事件を組み合せると不思議なことになってしまうのは、こけしのイメージ、例えば可愛らしさとか、伝統的なお土産とか、そういう平和な感じと殺人事件が合わないからでしょう。

 もちろん、そういう平和で穏やかなものを敢えて恐怖の対象に仕立て上げる手法は昔から存在しています。可愛らしい外見が恐ろしい姿に変貌し、その落差で怖がらせる、みたいな感じですね。こけしにもその才能がありそうなものですが、「こけし殺人事件」みたいな真っ直ぐな題名だとまだまだ本領を発揮しきれないようです。

 鉄道名だけでも不思議なのに、別の単語がダメ押しとなって、より一層不思議なことになっている題名もあります。それが「十津川警部 猫と死体はタンゴ鉄道に乗って」です。

 タンゴ鉄道は「北近畿タンゴ鉄道」を指しているものと思われます。名前の由来は丹後地方を走っているところと、音楽のタンゴにもかけているとのこと。

 ちなみに、こちらも第三セクター鉄道です。たった2例でこんなことを考えるのも何なんですが、三セク鉄道は名前にダジャレを入れたくなる癖があるのでしょうか。気になって調べたんですが、とりあえずダジャレつき三セク鉄道は2例のみのようです。

 タンゴ鉄道もなかなかですが、そこに加わるのが猫です。ポップな鉄道名に可愛らしい動物。むしろ、死体が邪魔に思えてきます。死体さえなければ、十津川警部の気ままな休暇旅行だったのに。

 猫自体は可愛らしいイメージの反面、黒猫を中心に不吉を呼ぶ対象にもされてきました。エドガー・アラン・ポーの「黒猫」なんかも、そのイメージを用いた恐怖小説でございます。

 ただ、西村さんの書籍の場合はタンゴ鉄道のポップさもありまして、猫がポップよりになってしまっていると考えられます。更に、昔に流行した「黒猫のタンゴ」が影響を及ぼしています。

 その曲を以前より知っていた西村さんが、「やっぱタンゴと言えば(黒)猫だよな!」となってしまった結果、上記のような題名になってしまったのではないか。そんなポップな推測ができてしまうんです。

 死体さえなければ、十津川警部の気ままな休暇旅行だったのに。西村さんも執筆中にそう思ったのか分かりませんが、こんな題名の本もございます。「十津川警部とたどるローカル線の旅」です。

 題名だけ見れば、十津川警部が完全に仕事を忘れています。遊ぶ気で旅に出てる。アマゾンの書籍説明によりますと、「十津川警部が巡った全国のローカル線を、名所、温泉、グルメ、文学、歴史と共に、著者ならではの視点で案内する、とっておきの旅ガイド。」ということで、ミステリーではなく、ミステリーを通して観光地をガイドする本のようです。

 そうかと思えば、旅行っぽい題名なのにちゃんと事件が起きている話もあります。「十津川警部 特急「しまかぜ」で行く十五歳の伊勢神宮」がそれです。

 少年が特急に乗ってお伊勢参りする旅行にも読める題名です。アマゾンやグーグルの書籍説明によりますと、15歳で上京した人物が久々に伊勢へ帰郷して事件に巻き込まれてゆくお話のようです。結局、休めない十津川警部。シリーズ物の刑事の宿命でしょうか。

 最後はちょっと変わり種の題名、「殺人偏差値70」です。

 冒頭でも書きました通り、西村さんは社会派推理小説も書いておりまして、上記書籍は大学受験を絡めたミステリーとなっているようです。

 しかし、大学受験を扱うミステリーとしては随分と真っ直ぐな題名です。事実、真っ直ぐすぎて地上波のドラマと名前が完璧にかぶっています。

 何なら題名が「殺人」で改行しているところまでかぶっています。それくらい真っ直ぐということなのかもしれません。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集