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忍術を駆使したマーケティング調査

 忍者に憧れていた時期があったんです。小学生の頃、忍者の本を買ったのが運の尽きでした。「本当の忍術は巻物をくわえてガマに変化するような非現実的なものではなく、人の心理や自然の法則を巧みに利用したものである」。この一文にやられまして、何度も何度も読み返すようになってしまいました。

 読むだけで済ませばよかったのに、我慢できなくなって実際にも使うようになってしまいました。忍者と言えば隠密行動が基本です。だから、忍術はかくれんぼと相性抜群でした。どうすれば人の目につきづらいか、忍術を学ぶことによって把握できるようになり、「星野がなかなか見つからない」と鬼を愚痴らせるまでになりました。人混みをうまく通り抜ける方法も忍術から学びまして、今でも人込みをすり抜けるのに活用しています。あまりにも人混みをスルスル抜けていく私に、友人が「お前は何なんだ」と言うものですから、「子供の頃に学んだ忍術を駆使している」と答えたところ、友人は顎が外れそうな顔になっていました。

 忍術によって常日頃から隠密行動する癖が知らず知らずのうちについてしまったのか、みんなひとつずつ分けられるはずのプリンがなぜか私にだけ配られなかったり、自動ドアが全然反応しなくて店に入れなかったりという弊害はございますけれども、人見知りの私としてはあまり注目されないのは基本的に助かっています。そんなわけで、私はいい大人になってからも隠密ごっこをしながら日々を過ごしているわけです。

 ところで、私は一時期、マーケティングのアルバイトをしていました。と言っても、所詮はバイトですから大したことはしていません。とある街を適当にウロウロして、どの辺りにどんな施設があるかを確認し、施設の外観をデジカメで撮影して。地図にまとめるだけのお仕事です。

 知らない街を適当にうろつくのが好きな私は割と楽しくできたお仕事でしたが、諸事情により1年で辞めることとなりました。私に残された最後の仕事は、後任の方に仕事のやり方を教えることでした。実際に街を歩き回り、どんな施設をチェックすべきかとか、どのようにデジカメを使うかとか、地図をどうやって作るかとか、そういう細かなところを教えてゆく形です。

 後任の男性、ここでは中道さんとしておきますが、中道さんはガタイがよく、髪は金髪だったため、気の弱い私は最初ビビっていましたけれども、話してみると中道さんは明るく礼儀正しい方だったので、私は安心して仕事を教えることができました。

 仕事を教え初めて1時間くらいしてからだと思います。中道さんは私が教えたとおりに、とある施設の写真を撮りまして、さて次の施設に向かおうかとしたところ、スーツのおじさんから声をかけられました。「うちの会社に何か御用ですか?」。

 おじさんは我々が撮っていた施設の隣にあるオフィスの社長さんで、私たちがオフィスの写真を撮っていると思い、声をかけたそうです。私がちゃんと説明をしたところ、おじさんは納得されたようで事なきを得ましたが、中道さんはずっと気にしていたようで、バイト先に戻ると私にこう尋ねました。

「写真を撮ってると、やっぱあんな風に注意されるんすか」
「いや、滅多にないと思うよ。実際、俺も今日が初めてだったし」
「やっぱ、自分の外見が怪しいんすかね」

 聞けば中道さんはちょこちょこ職務質問されるようで、自分の外見に原因があると考えていました。私は即座に「そんなことないよ」と答えました。中道さんは慰めてくれたのだと思ってお礼を言ってきましたが、私はそんなつもりはありませんでした。ちゃんと忍術を学んだか否かの違いだと思っていたんです。何しろ私は忍術により隠密行動する癖がついていますから、施設の写真を撮る時だって目立たないように振る舞えていたに違いありません。だから、今まで注意されてこなかった。

 でも、さすがにこの頃には「忍術を学んだお陰だ」と言えばどんな反応をされるのか理解していましたから、ただのいいやつだと振る舞うだけにしておきました。でも、本当は忍術のお陰だと今でもちょっと思ってます。

 ええ、ここまで読んだ皆様も苦笑いですよね。よく存じ上げております。

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