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散歩で交流の輪を広げる

 実家にマロンという犬がいまして、祖母がよく散歩に連れて行っているようです。しかし、私が実家に帰ると祖母はなぜかいつも「マロ散歩に連れて行ってほしい」と頼んできます。

 祖母が家族の中で一番マロンの世話に熱心なんですけれども、祖母はいつも「マロ」と呼ぶ。名前を微妙に間違えて覚えているようなんです。毛の色がマロンっぽいからとの単純な理由で名づけられたんですが、祖母の中にはそもそも栗をマロンと呼ぶ習慣がなかったのでしょう。だからと言ってマロと呼んでは、マロンがやんごとなき平安貴族みたいな感じになってしまいます。まあ、別にそうなったところで大した損も得もありませんが。

 祖母は相変わらずマロンの名前を間違えて覚えているなあと思いつつも、散歩自体は引き受けました。ジョギングがてらやろうかなと気楽に考えての決断です。

 早速、散歩に出かけますと、他にも犬の散歩をしている人がいらっしゃいます。マロンは知らない犬を見かけるとタックルを仕掛けたがる厄介な性格なので、よその犬に一撃必殺をかまさないよう気を遣っていたんですが、向こうからやって来た子犬連れの男性を見てもマロンはタックルを試みようとしません。

 不思議に思いながらも男性とすれ違おうとしますと、男性がマロンを見るや否や「マロちゃん」と声をかけてきました。

「いつものおばあちゃんじゃないんですね」
「あ、孫です。帰省したら『散歩してくれ』って頼まれて」
「そうだったんですね。いつもおばあちゃんとマロちゃんはよくしてもらってるんですよ」

 そう言いながら男性はマロンに犬用のお菓子を与えます。当然、マロンは男性の犬とじゃれ合いながらも躊躇なくお菓子を食べました。

「おばあちゃんによろしく言っておいてください」
「はい、分かりました」

 そう約束して私は男性と別れました。結局、マロンはタックルしませんでした。

 マロンは最初こそ嬉しそうに猛ダッシュしながら走りまくるんですが、ちょっと走るとすぐにバテて道端に座り込んでしまいます。そうするともう、いくら腹をくすぐろうが尻をくすぐろうが、石のようにその場を動かなくなる。その日のマロンもいつも通り序盤ですっかりバテてしまい、道端にて座り込みを開始しました。

 無理やり抱きかかえるとそれはそれで嫌がって暴れるので、どうにもなりません。仕方なく休んでいますとランドセルを背負った下校中の小学生と思しき少年がひとり歩いてきました。少年はマロンを見るなり「マロちゃん」と言って触ってきました。割と人見知りなはずのマロンは全く嫌がりません。

「今日はおばあちゃんじゃないね」
「おばあちゃんに頼まれて散歩してるんだ」
「おばあちゃん病気?」
「いや、全然元気だよ」
「そうなんだ」

 少年は一通りマロンの身体を撫でまわして去ってゆきました。

 それからも犬を散歩していた数人の知らない人の話しかけられました。そのバラエティの豊富さたるや、マジで老若男女です。そんな多彩な方々がみんな今日は祖母ではない旨を確認し、マロンのことをマロと呼びます。

 どうやら祖母は散歩で見かける様々な人たちと仲良くなりまくり、交流を深めていたようです。私なんて散歩中は誰とも話したくないし、何なら誰とも出会いたくないのに、2代違うだけでこんなに性格が異なりますか。

 とりあえず、私は実家でマロンの散歩をする際、なるべく人の通らない獣道のような場所ばかり通るようになりました。

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