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結局ただ思い出すだけのあだ名

 言葉は意味や文脈やニュアンスなどいろんな性質を持っていると思いますが、その中に発音がございます。音の感じですね。ただ、言葉の音は文章を読む上で必ずしも必須ではないためか、意味や文脈やニュアンスなどに比べると、ちょっと脇にある要素にも思えます。ただ、もちろん発音が大事な要素になることもございます。

 あだ名を禁止する小学校が増えているというニュースが数年前に話題となりました。変なあだ名をつけられた子はきっと傷つきますし、いじめにも繋がるというのが主な理由のようです。確かに、どうしてそんなにそっち方面でクリエイティブなんだと思えるほど、斬新で酷いあだ名をつける名手がどこの学校にもひとりはいるものです。そんな名手の想像力が暴走を始めれば、小学校でひと悶着を起こすくらい造作もないことでしょう。

 一方で禁止はやりすぎだという意見もありました。そりゃそうです。別に全てのあだ名が人を傷つけているわけではありません。あだ名は往々にして親しみがこめられます。仲がよいことを暗に示している呼称であり、君付けやさん付けでは他人行儀な関係に留まってしまうかもしれないと思う気持ちも分かります。

 どちらの意見も理解できる部分があるだけに、なかなかいい結論が出なさそうな問題です。永遠に決着がつかないかもしれない。ただし、世の中には抜群のネーミングセンスを訳の分からないあだ名に活用する子がそこらじゅうにいるのは事実です。それゆえ、なかなか忘れられないあだ名が作られてきたんです。

 ここでは三井さんとしておきますけれども、彼女につけられたあだ名もまたそうでした。三井さんは私が小学生をしていた頃、違うクラスにいた女の子でした。小学生くらいですと男子より体格が優れた女子は珍しくありません。三井さんはその典型で、当時は並み居る男子を抑えてクラスで一番背が高く、体つきもガッシリとしていました。そのためか非常に勝ち気で、気弱な女子をからかう男子に平気で決闘を申し込む。つまり、女子には好かれて、一部男子からは猛烈に敵意を持たれているような子でした。

 そして、からかいたい男子に限って天性のネーミングセンスを悪用する子が混ざってたりするんです。私は女子をからかえるような度胸がありませんでしたから、どのような制作過程を経て生まれたあだ名なのかは全く分かりませんが、私が気づいた時には、三井さんは男子から「ガホ」と呼ばれていました。

 表記がカタカナで正しいのかは分かりません。ひらがなが正式なのかもしれませんし、何なら「我保」かもしれません。表記が不明な理由は、もちろん「ガホ」の意味が分からないからです。私、女子をからかいたい系男子のひとりにおっかなびっくり聞きました。

「ガホってなんでガホなの?」
「だって、ガホってどう見てもガホじゃん」

 バカな和尚の禅問答みたいな、生産性ゼロの会話です。それからも私、ふとした時に「そういやあ、ガホってどうしてガホって名付けられたんだろうなあ」と何度も疑問に思ってきたんですが、現在に至るまで結論が出せていません。難易度が高い割に、解いたところで何の得もない謎でございます。

 ただ、私は思うんです。ガホという言葉自体は意味が分かりませんし、命名者も特に意味なんて込めなかったのかもしれない。でも、突然「お前は今日からガホな」と言われると、なんかじんわり嫌な気持ちになりませんか。同じ無作為の2文字でも「レレ」とか「ペマ」に比べて、からかってる感じが出ている気がする。

 私が小学生をしていた当時、いじめは既に深刻な社会問題となっていました。誰かに酷いあだ名をつければ余裕で問題になったと思います。女子をからかいたい系男子もそれは当然分かっていたでしょう。だから、「意味不明だけど何となくからかってる感じのする名前」を編み出したのでしょう。世の中には優れたネーミングセンスを無駄遣いする子と同様に、法の穴を見つけるのが得意な、「どうか悪いことに手を染めてくれるな」と願わずにはいられない子がいます。女子をからかいたい系男子の中に、ネーミングセンスを無駄遣いするのが得意で、しかも法の抜け道の見つけるプロが紛れ込んでいた。ガホはそれゆえに生まれた名前なのだと思います。

 今じゃもうガホなんて名前、誰も使ってないでしょうけどね。三井さんも女子をからかいたい系男子も今じゃ「ガホ」という名を覚えていないかもしれません。それをはたから見ていた私だけが何度も思い出す名前になってしまいました。まあ、ガホという名前が三井さんをからかうためだけに作られたことを考えれば、ひとり思い出しては「ガホってどんな意味なんだろう」と疑問に感じる行為は非生産的ではありますが平和的な活用法だと勝手に思っています。

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