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デジタルデトックスが必要なデジタル社会で

"デジタルデトックス"

SNSやスマートフォン、コンピューターといったデジタル機器の使用を自発的に控えていくこと、またその期間のことである。

デジタルが普及した現代で、よく聞くようになった言葉だ。

よくよく考えると、人間が望んだはずのその社会に疲れてしまっているというその矛盾に、人間の愚かさというか可笑しさを感じる。

わたしも、最近デジタルデトックスが必要であると感じる。

遠く離れた地で自ら命を断つ少女たちの姿を目撃してしまったり、議員選挙に立候補している女性の炎上商法に腹が立ったり。
彼女たちのことは全く知らないし、その議員候補者は私の名簿登録地とは遠く離れた場所の政治家である。

少し話は逸れるが、かつての恋人の投稿が気になって仕方がない。
彼が選ぶことはなさそうなおしゃれなイタリアンの写真が載せられていると、誰と行ったんだ?と気になってしまう。
こんなおしゃれなお店知らないだろ!
そもそも好きじゃないよね?!
と自分が見ていた彼の姿だけを信じ、悲しくなってしまう。

本来知るはずのなかったこと、自分には全く関係のないことに心を動かされる、というよりは、かき乱されることが多い。

デジタル社会の弊害だ。

スマホを壊してやろう
と、何度思ったことか。
踏み切れない弱さはもちろん持ち合わせている。

自分から離れたらいいのだけれど、
TwitterもInstagramもアンインストールしてしまえばいいのだけれど(LINEだけは業務連絡等もあるためアンインストールできない生活)
やっぱり世界からハブられてしまうような感覚が寂しくて、やめられない。友達の知らないことがどんどん増えていくのが怖い。

「この前あのカフェ行ったんだけどさ〜」
「ストーリーで見た!おしゃれな感じだったね」

そんな会話がスタンダードな世界で、私はSNSを周りよりも一足先に離脱する、そんな強さは持ち合わせていない。

見たくない と 気になってしまう の狭間で
毎日毎日勝手に心を疲弊させている。

山とか海とか、遠く離れたところへ行きたい。
SNSでつながっている程度の人間関係なんてちっぽけでどうでもいいと思えてしまうくらい。
SNSなんていつでもやめてしまっていいと思えてしまうくらい。

というかもう、デジタル機器は持たずに、どこかへ旅に出たい。

"あ~この景色、インスタに載せたいな"
と、思ってしまうのだろうけど。

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