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新作落語脚本展示場(9)『名古屋弁落語・家康と柿』

私のサイト「なかむら記念館 落語別館」がこの3月末をもって閉鎖するため、そこで公開していた新作落語脚本を順次noteに移してまいります。

9本目は『名古屋弁落語・家康と柿』。「落語別館」の方では『家康と国府宮の柿』のタイトルで公開していましたが、特色づけたかったのと、地名が入るとなんか講談っぽかったので変えました。
構成は古典落語の前座噺の定型、オウム返し。それに全編名古屋弁をからめた短編です。2017年1月公開。

 ~ ~ ~

<登場人物>
・ご隠居

・八五郎
・コメダ珈琲のマスター

 ~ ~ ~

――(マクラ)
『家康と柿』という、バカバカしい名古屋弁落語でございまして…


八五郎「こんちはー」

ご隠居「おー八ちゃんか、よぉーござらったなー。
まぁこっち入りゃーて」

「ご隠居、今日も名古屋弁が濃いですねぇ。
私ら若い名古屋人は、そんな言葉使いませんよ」

「ええぎゃーええぎゃー、気にせんと。
ほんで、今日は何の用だて?」

「ええ、実は昨日、稲沢の国府宮に行ってきまして」

「国府宮? おー知っとるわ。
はだか祭の国府宮だぎゃー」

「そこで聞いたんですけど、ご隠居は『家康と国府宮の柿』の話、ご存知ですか?」

「なんて?
『家康と国府宮の柿』の話?」

「そうです。私は初耳だったんですがね。
ご隠居はこの界隈一の物知りですから、ひょっとしたらご存知なんじゃないかと思いまして…」

「あー、もちろん知っとるて!
知っとるに決まっとるぎゃー。なめとったらかんて!
家康っちゅうたら、おみゃー、徳川家康だぎゃー」

「まぁそうですね」

「だーろぉ?
つまりアレだぎゃ、徳川家康が柿食ったって話だわな?」

「まぁそうなんですけど…
ご隠居、知りませんよね?」

「あかんわ、ワシそん時ゃたまたま病気で、家で寝とったでかん」

「学校の授業じゃないんですから。
なんでも、今から400年余り前、関ヶ原へ三万人の兵を率いて向かう徳川家康軍が、途中、宿屋町のあった稲沢で休憩をしたんだそうですよ。
そこに国府宮神社の宮司が、差し入れを持って挨拶に現れたんですって」

「おーおー、それなら知っとる!
お茶を持って来て
『家康さん、国府宮では、こう飲みゃー!』
って言ったんだろー? ぐわはははっ。
とろくしゃー駄洒落こいとるわ!」

「言いませんよそんなこと。
宮司さんが差し入れに持って来たのは柿の枝で、その枝には大きく生(な)った柿の実が三つ、付いていたんだそうです。
『家康様、この柿をお召し上がりになって、英気をお養いくださいまし』
と言って宮司が献上すると、
これを見た家康、いきなり手を叩いて大喜びして…」

「何だ? 懸賞が当たったか?」

「ちょっと黙っててもらえませんか。話が進まないんで。
『なに、枝に三つ生った柿を食えと?
すなわち『三成を食え』とは、こりゃ縁起がよいわ!』
と家康が大いに喜んで、三つの柿をペロリと平らげ、意気揚々と稲沢を後にしたんだそうです。
そのあと出向いた慶長五年九月十五日の関ヶ原の戦いでは、家康率いる東軍が三成率いる西軍に圧勝して、わずか一日で決着したわけです」

「…その話、気にいらん」

「え? どうしてですかご隠居?
面白いエピソードじゃありませんか。
ひょっとしたら戦の途中に稲沢で食べた三つの柿が、勝負の辻占になっていたかもしれないんですよ?」

「そぉやないわ。
三つ生った柿を食って『三成を食う』っちゅうんで手をたたいて喜んだのなら、さっきのワシの『国府宮では、こう飲みゃー』がなんであかんのだ!」

「そこですか」

「でもまぁ、家康も地元の偉(えり)ゃーさんだけあって、なかなかトンチが効いとるぎゃー。おもれぇネタ持っとらっせるわ。
さすが、オレの先祖だけある」

「ウソばっかり」

「あーっ、あかんあかん、忘れとった。
これからよー、銀行行って金おろしてこないかんかった。
八ちゃん、帰ってまえん?」

「いきなりですね。わかりましたよ」

「お茶も出さんと悪いねー。
お茶は自分ちで、こう飲みゃー! ぐわはははっ」

「何のシャレにもなってませんよ」


「いやー、八ちゃんからどえりゃーおもれぇ話聞いてまった。
ワシも忘れんうちに、どっかで喋って自慢したらないかん!
誰がええかなー。

うーん、通りに誰も歩いとれせんで、だーれも声かけられぇせんなー。
ちゅーか、クルマ運転しとるで声かけられぇせんぎゃー。
ちょぉ出かける時はいっつもクルマ乗るで、習慣でハンドル握ってまったけど、失敗だったなー。
しゃーない、こっから大通りに出て、バイパス乗って、橋渡って、モールの手前のコメダ珈琲行くか。
よっしゃ着いた。おーいマスター!」

マスター「いらっしゃーい。
なんだね、ご隠居、今日で5日連続だがー」

「ぐわはははっ、日課だわ。日課。
明日からこの店で寝んとかんわ!
なぁ聞いとる?」

「今ちょー立て込んどるで」

「ほんなことよりよー、ワシ昨日稲沢行ってよー」

「ほんだで5日ずっと来とるて」

「あれ? この店、稲沢だったか?
まーええわ。聞いとる?」

「ちょー、後にしてまえん?」

「ああ、聞いとらんか。なら、勝手にちゃちゃっと話すわ。
稲沢の国府宮に家康がござらって、宮司さんが柿を三つ持ってみえて、
『これでみっつなりだで、関ヶ原は勝てるわ』
ちゅーて、お茶はこう飲みゃー! ぐわはははっ。
ほいじゃまた!」

「なんだ今のは?」


「おかしいなー。
ちゃんと喋ったのに、ワシが喋ると、いっこも聞いてくれぇせん。
一体どうなっとるんだ。
おーい八ちゃん!」

「わっ、ご隠居どうしました?」

「おみゃー、さっきの家康の話、ワシも喋ったのに、いっこも聞いてくれぇせんぎゃー!
どうなっとんだ?」

「さっきの話、よそで喋ったんですか。
それで聞いてもらえなかったと? おかしいですね。
どんな風に話したんですか?
コメダのマスターに? ふんふん。
『柿を三つ持って来た』?
あー、持って来ただけじゃダメなんですよ。
枝に生った柿じゃないと、三成のシャレになりません」

「そうか、ほんだで聞いてもらえんかったんか!
ははぁ、そりゃマスターもワシの話が、木に生らん(気にならん)わけだ」


  <完>

 ~ ~ ~

ベースは完全に古典の『つる』なんですが、さすがに古典落語の定型ってのはよくできてますね。名古屋弁はこれ以上強くすると通じないと思い、この程度に留めました。

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